2014年7月 5日 (土曜日)

緑の研修会

Image 集中して話をしたり聞いたりする時に、緑が見えると落ち着く。

| | コメント (0)

2013年7月 9日 (火曜日)

それは良かったのだろうか?

対人援助とアセスメントの講義が昨日で終わった。
90分授業で計算すると、10コマと6コマ余りの長期戦だった。
聞くほうもしんどかったと思うが、マネジメントする側も(僕のこと)けっこうきついのだ。
僕の授業は、テーブルを外して生徒と向き合う。向き合うと言うことは、隠すことができないということである。
とうぜん、居眠りもできない。
だって、距離が近いから、何を考えているか分かってしまう。お互いにね。
話をしていると、納得しているか、楽しんでいるか、そして、くだらないことを言ってるなって顔が分かる。
そうなんです。僕は皆に見られていたんです。
それも一日中。
帰りの電車では、立っているのもやっと。ふらふらと家路に着きます。
そんな最終日、生徒から呼び止められた。
「先生、先生の授業は、いい意味でも悪い意味でも、印象的でした」と。
はい、ありがとう、と答えたけど、
それって、どっちなの?

| | コメント (0)

2013年4月 4日 (木曜日)

話をすること

話を聞きましょうと言いながら、話し込んでしまう。

特に講師という仕事は殆ど自分の話をしている。そんな話を聞いていただきありがとうございました。

春の講師月間が本日終了した。6月までのお休みとなる。

僕は話をするのが嫌いだ。上手に話せないからではなく、しゃべることに苦痛を感じる体験があるからだ。

それでも、気持ちいいと話すことが楽しいと感じる。

それは、聞いてくれる人がいるからだろう。話はうまく話すより、上手に聞いてくれる人で、その出来が決まるのだと思っている。

だから、講義の際には聞いてくれそうな人を探して、その人を中心に話をする。

顔が見えるくらいが最適に人数だ。

表情が分からなくなると急に不安になる。

| | コメント (0)

2012年11月 6日 (火曜日)

ケアマネのリスク管理

ケアマネジャーの更新研修の講座講師をした。

ケアマネジャーの多くは、一生懸命にケアプランを立てる。利用者の生活と権利を守ることを使命と感じ、できることなら何でもやりたいと思っている。

その頑張りが、つい、やり過ぎになる。

それに、一生懸命になっている人に「がんばり過ぎてますよ」とは言いにくいのもし、「少し休みましょう」と云うのがやっとだろう。

だから、客観的に仕事を評価し、方向性を確認する人が欲しい。

それは、事業所の中の上司ではなく、外部の人の方がいい。

ということは、ケアマネジャーをスーパーバイズする仕事があるということだ。

そう、ボクの事務所もそんな仕事を引き受けてます。

| | コメント (0)

2012年2月 1日 (水曜日)

ありがたい質問

今日はお疲れさまでした。

講義は、講師と生徒で作るものだと感じております。

講師にとって一番うれしいのは、適切な質問を貰った時です。

ああ、そういうことを聞いてくっると、「もっとしゃべってしまうからね」となったり、「そこんところが分からなかったのか、ありがとう」となったり、自分の言葉の足りなさを反省します。

今日も、質問をしてもらったことで、大事なことを思い出しました。

ありがとうございます。

また、伺います。

| | コメント (0)

2012年1月29日 (日曜日)

楽しい講義

火曜日に6時間の講義をするので、その準備。

何をしようか考えているときが一番たのしい。

まあ、型にはまらないことが身上の僕だから、僕にしかできない講義にしたいと考えている。

始まりの空気が終わった時にはピンクになっているようにしたい。

だんだん、楽しそうになってきた。

レジュメが出来上がると、すでに終わったような気分になっていた。

それでは、後日結果を報告します。

| | コメント (0)

2011年12月 7日 (水曜日)

燃える中高年

市民後見人に対する演習講師を引き受けた。

市民後見とは、親族以外の後見人で、専門家でない市民を指す言葉のようである。

このシステムについては様々な意見があるが、ここではそれは置いておく。

僕が関心を持ったことは、中高年を中心にした、社会貢献活動・ボランティア活動への関心の高さだ。

彼ら(彼女ら)の多くは、子育てを終えている。会社から独立している(年金生活者も多い)、家族の縛りも少ない(家庭的な役割から解放されている)という環境にある。

すると、どんなことが起きるのか?

それは、「私の人生はなんだったんだろう?」という問いかけである。

でも、

後見人をしたからといって、人生の目的は見つかる訳ではない。もちろん、被災地にボランティアに行っても同様である。

しかし、そうせざるを得ない内側からの要求が何かを変える。

そう、ソレをすることは、仕事や役割、環境や地位ではなく、自分の内側から動かされるきっかけになる。

対人援助という人との関わりは、人のためにするのではなく、「自らに働きかける力」になる。

そのことを伝えようと思っていたが、語らずに演習は終わってしまった。

それでは、どこかで会いましょう。

その時までに、もう少しネタを仕込んでおきます。

| | コメント (0)

2011年10月13日 (木曜日)

モチベーション

大勢の前で話をすることは難しい。

話は、聞きたい人がいて、その「相手への関心」がモチベーションとなり、相互の関係が生まれると感じている。

しかし、聞きたい人ばかりに話をする訳でもないから難しい。

行政が設定した講座の講師を聞きうける際に感じることは、

まず、その講座に「自分から申し込んだ」場合と、他人が申し込んだり「受講することが義務」の場合の参加者のモチベーションの違いである。

前者は、気持ちよく話せるのに対して、後者の場合は、どれだけ話に引き付けられるかが勝負である。

この場合の勝負とは、協力関係が生まれるかどうかで決まる。

一つのテーマを話すということは、話し手と聞き手の「共働作業」だと感じている。

素敵な話しの場を作るには、素敵な観客が必要だ。

観客は、話を聞くという作業を通じて話し手と一緒に物語の構成要素となる。

では、どのように観客とコミュニケーションをとるか、それはこちらに関心を示している観客を一人でも多くすることである。

そのために、目が輝いている人を見つけ、その人に向けて話をする。

しかし、こちらの目が濁っていると誰の目も輝かないからね。

やはり、援助とは自分に働きかける技術ですよね、尾崎先生。

| | コメント (0)

2011年9月29日 (木曜日)

研修会の準備を始める

災害支援で宮城を何度も訪問していると開業しているソーシャルワーカーに何人もであった。

そこで語ることは仕事の苦労とやりがいである。

そうした語りの中から、これから開業する若いソーシャルワーカーへの支援をしたいという気持ちが起きてきた。

被災地からの帰りに温泉に入りながら考えた。

それに、昨年完成した修士論文を発表する場を持ちたいとも考えている。たくさんの開業SWにお世話になったので、その報告もしたい。

いま、会場の選定にあたっている。

大学の教室をお借りしたいと考え、いくつか当たっているところだ。

できるならば、学生にも参加してもらいたい。

18の学生と、58のおじさんSWと一緒に語り合える場を設定するのも面白い。

今後、経過を随時掲載します。

| | コメント (0)

2011年5月30日 (月曜日)

22人のお客さん

毎年、A学校に援助関係の話をしに行く。

少人数とのセッションはとても楽しみであり、かなりの体力を消耗する。

くたびれるので、帰りの電車の中で爆睡していた。

神経の細い僕にとって44個の眼で見られるのは身が細る思いである。

大切な時間をいただき、楽しんでもらえたら嬉しい限りです。

| | コメント (4)