2017年10月 2日 (月曜日)

デンマークスタディーツアー研修報告

デンマークスタディーツアーの第一回研修が池袋の会議室で開催された。
研修は、二部構成、第1部はツアーの概要を知ってもらうためのガイダンスと今年度の研修に関する写真を見てもらった。二部は、デンマークの福祉と教育を中心に、社会システムを学んだ。
参加者は11名。予定を超える参加者に集まってもらい嬉しい限り。
なぜ、デンマークなのか?

それは、たまたまであり、必然である。
出会ってしまったのだからとしか言いようがない。それに、参加する方々とのこれまでの関わりが大きく作用している。そう、このツアーは研修が目的ではなく、共に同じ時間をデンマーク、フィンランドで過ごすことに意味がある。
これまでの人生とこれからの人生にとって、大きなターニングポイントになると感じている。

まだ、若干名の参加者を募集中です。
次回の研修は、清瀬です。

| | コメント (0)

2015年1月 6日 (火曜日)

特養の人材不足

福祉人材が不足している事は昔から。
だって、高齢者や子ども、女性を大切にしない国なのだから。
大切なものは経済成長だと総理大臣が言うのだから、生産的でない人は大切にできない。むしろお荷物だと思っているのだろう。選挙ではそう言わないけど、政策は益々成長路線に向かっている。
高齢者は成長しないと考えているから、その産業を重視しない。大切にされない産業に行きたい人は少ない。これは道理であり。
しかし、昔は違った。

福祉が、それほどメジャーじゃない時代には、意気揚々とした人材が集まった。時代の最先端の仕事だった。誰もやらないからこそ、物好きな人が集まって来た。

この辺が難しさだろう。

仕事になった瞬間に詰まらなくなる。

マニュアルで仕事をするのは、ディズニーランドなら楽しいかもしれないけど、特養ではどうだろう。

仕事のレベルは上がるが、人と向き合うことに慣れない若い人には厳しい。

施設に就職する人の多くが一年以内に辞める。

「もっと楽しいところだと思っていた」とか

「考えていたのと違った」と云って。

そうね、今の施設にはゆとりや余裕はない。

だって、ゆとり教育を否定し、成長路線、競争社会に向かって進んでいるのだから。

ふたついいことはない。

ボクは、成長しなくてものんびりした社会が好きだ。

ぼちぼち歩いていく。

| | コメント (0)

2014年9月28日 (日曜日)

明日が思いやられる

ひさしぶりに一日文章作成。

書くって難しいね。
何回直しても合格できる文章にならない。
明日は、記録作成の講師をするっていうのに。

| | コメント (0)

2014年9月 5日 (金曜日)

なんともならないもどかしさ

生活保護と医療保険は併用できない。
入院すれば医療扶助を受けられると思っていたら、必ずしもそうでもない。それどころか、医療費分の返済を求められる場合がある。

入院治療費が40万円かかる場合、一割負担なら四万円だが、生保を受けていると保険適応外なので全額自己負担となる。
この状態が一年続くと医療費の支払いが500万円に膨らむ。

こんなことはねずらしいかもしれないが、実際のケースで600万の請求を受けているとケースがあった。
本人は入院して手続きができないと、あるいは、判断能力が低下してお金を引き出せないなど、色々なケースがかんがえられる。

親族が建て替えることもできるが、役所はそこまで動かない。
少し考えればなんとかなることでもできない所に行政の限界を感じる。

| | コメント (0)

2013年4月27日 (土曜日)

いつ開業したらいいんですか?

それは、「今でしょ」、と言いたいところだが。

結論から言えば、独立したい思いついた時がその時でしょうけどね。

僕は40代の終わりに開業した。それが、10年、あるいは15年早かったらよかったかと言えば、何とも言えない。

30代の時の仕事と、50代のときの仕事、つまり人との関わりは違う。それは、他人の人生と関わる仕事の楽しみであり難しさなんだろう。

50台になって人の人生に付き合うことの面白さを感じるようになった。それは、30代では味わえない感覚だと思う。たぶんね。それは、自分の身体の力が落ちてきたのに比例しているような気がする。

と書くと、様々な社会経験を経て独立した方がいいように聞こえるかもしれないけど、そんなこともないかもしれない。

若い人がどんどん独立して、専門的援助関係を結べるといい。

そして、その形は色々あっていいんじゃないかと思う。

だから、大変さより面白さ自由さを味わいたい人ならだれでも、いつでも、組織から独立し、自分しかできない開業をしてほいい。

その時は応援しますよ。

もちろん有料でね。

| | コメント (1)

お終いの仕方を考える

連休はいろいろ考えるにはもってこいです。

お金はないけど時間ばかりがあるのはフリーと云う職業の長所です。

仕事の長期的展望を考えようと、利用者との関係を一覧にしてある表を眺めていた。これまで40人近いクライエントとお付き合いをしてきて、亡くなられた方が17名いる。

この表を眺めると色々な出来事を思い出してしまう。まるで、引っ越しをする時にアルバムが見つかって見入ってしまうような感じ。

主に、成年後見関係の人が多い。お付き合いしている期間(支援期間と呼んだらいいのだろうか)の平均は2~3年だろうか。もちろん数カ月の人も、6年の人もいる。(亡くなった人の平均の話)

表の後半は、5年後10年後にむかって空白が続く。

このまま、どんどんクライエントが増えていくといいのかと云えば、そうではない。どこかの時点でピークを迎え、その後、お終い(廃業)に向けて減少し、ここまでという所でクライエントとの関係が終了することが一番いい。でも、そうは行かないのだ世の習いです。

それは、収支の関係でも同様であり、サラリーマンのように定年を迎えて退職金が入る訳でもないので、クライエントが減っていくということは収入が減っていくことに直結する。

最近、僕より若いクライエント(支援者)を受任した。これは、真剣にお終いの仕方を考える時期に来ているお告げである。

僕の場合の受任のピークはそろそろだと思っている。これは、人によって違うだろうけど、お終いを考えた場合、成年後見の終了期間として、10年を考えたらいいと感じる。

仕事と考えればあたりまえで、いつまでもレベルの高い仕事ができるわけじゃない。

だから受任するケースの見極めは大切になる。こんなこと当たり前だろうけどね。

ということは、後見のケースを減らして、一時的な仕事を多く受けるようにしたらいいのかと云えば、そうは上手くいかない。

むしろ、収入に見合った生活のスリム化をする方が現実的である。

ということで、5年後のモデルはできそうである。しかし、10年後になると見えないことばかり。

それよりも、10年後まで元気で仕事ができているかが問題だ。

まずは、自分の問題から解決するようにしたいね。

*仕事はたまに振り返るといいようです。新しいアイディアが生まれたり、取り組み方が変わったりします。

| | コメント (0)

2013年4月24日 (水曜日)

そんな時は

ケースの取り扱いで困っていた。

こんな時には誰かに相談するといいが、一人事務所の場合、結構行き詰ることになる。

それは、これまでの経験だけで解決しようとする傾向にあり、同じような失敗をする恐れがある。または、考えすぎて前に進めないというようなこと。

そういう時は、知り合いに聞いてみる。

聞いてもらうだけでもありがたい。

ましてや、アドバイスなんかもらえたら嬉しくて飛び上がる。

それは、アドバイスが意味があるというより、考えをまとめるためには自分以外の声が必要だということかな。

そうなんだよね。

一日、一回くらいは、無駄話や愚痴を言わないと精神衛生に悪いよね。

| | コメント (0)

2013年4月 5日 (金曜日)

休日

仕事の狭間の休日です。

書類の整理をしています。そんなことをしていると、あれもやってなかったと、未整理の仕事が見つかったりして普段より忙しくなります。

時間ができると、ゆっくり話をするクライエントを訪問します。

| | コメント (0)

2012年11月14日 (水曜日)

お金とやりがい

人生相談のようになってしまった。

「やりがい」とは何だろう?

自分の仕事が社会的に大きな意味を持ち、世間から高い評価を受けた時、「やりがい」を感じるだろうね。

高い給料をもらって、好きなことをするとか。

でも、高い給料をもらうと、仕事や責任が重くなり、時間も拘束されて好きなことがあまりできない。

自分のやっていることに「やりがい」がないと感じる人は、今ある自分に満足していない。(たぶん)

これまで、「やりがい」のある仕事をしてこなかったと、感じているのかもしれない。

昨日までいた、共働学舎という共同体で働くY君は、「やりがい」のある仕事をしたいとは考えない。(たぶん)

Y君が考えていることは、「仕事はやく終えて、ご飯を食べたい」とか、「日曜日に下山してコンビニに行ってジュースを買いたい」とか、「風呂に入って汗を流したい」とか、「ああ、寒い、あったかい布団でぐっすり寝たい」とかいうことだろうと思う。(想像です)

彼の願いはだいたい、その日のうちに叶う。

だから、彼は毎日幸福そうな顔をしている。(と、僕には見える)

嫌な仕事だって、「早く終われ」と願うと、数時間すれば終わる。それに、終わるだけでなく、終わった後にちゃんと成果がある。

自分の後ろを振り向くと、草刈りをした跡が、きれいになっていてとっても気持ちいい。

「やりがい」とは、自分が実現できる程度の苦労なのかもしれない。

もちろん、大きな仕事をする人だっているだろう。

大きなお金を動かす人だっているだろう。

しかし、その対価(幸福と感じる感覚)は同じくらかもしれない。

僕がしている仕事は「やりがい」があるか?と聞かれると。

これまでやってきたことはみんな、好きなことだった。

これを書いている山小屋はランプだけ。もう、日が落ちてきて字が見えなくなってきた。

これくらいで終わりにしよう。

電気がないと、1日はすごく短く、とっても大切な時間になる。

やりがいのある仕事をするより、まず、仕事をしよう。そうすれば、仕事をすることがやりがいになる。

| | コメント (0)

第2に人生はあるか

「人生が2度あれば」と井上揚水も言っているが、人生は一度だけ。

その人生をやり直したいとは、一体どういうことだろう?

そういえば、人生をやり直す小説があった。

主人公は、43歳で心臓発作で死亡する、しかし、彼は18歳の自分に生まれ変わる。それも、それまでの記憶を持ったまま。

それは幸せか?

彼の人生は、18歳から43歳までを何度も、何度も繰り返すだけ、決して死なない。

18歳の若者が博学でも誰も信用してくれない。ギャンブルの勝ち馬が分かって大金が入っても、どうせ43になったら死んでしまう人生なんて空しいだけ。

つまり、やり直さない人生の方が生きがいがあるってことかもしれない。

「リプレイ」だったかな、けっこう面白いので是非お読みください。

 「第2の人生」と云う場合、人生の途中で別の生き方をする場合にこんな言い方をする。

でも、それまでの人生を否定して、これまではつまらなかったけど、こらからは上手くいくなんてことがあるだろうか。

あるかもしれないけど、そういうつまらない出来事も含めて人生だし、山あり谷ありが人生だとすると、やり直さなくてもいいと思う。

それに、殆どの人は、これまでに生きてきたようにしか、これからも生きられないんじゃないかな。

それでもやり直したいと考えている人は、自分に未来があると信じている。

もしかすると、もう、人生の残りが少ないかもしれない。

だとすれば、やり直すより、今のこの時間を大切にした方がいいかもしれない。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧