カテゴリー「あそび」の92件の記事

2009年11月11日 (水曜日)

枯れる

銀行員の頑なな態度に30分ほど粘り、人情に訴え、その後退散する。

午後から、介護の日のイベントに参加。

何でも相談員として10数人の話を聞き、お答えする。

できるだけ柔軟性の高い回答を心がける。

ビールを3杯飲み、陽水のコンサートに。

陽水は、ますます柔軟性の高い、力の抜けたおじさんになっていた。

さすが。

こういうオジサンの歌手、いや、詩人の声を聞ける世の中になったんだと立ち上がって手を叩いた。

中学校の時、ギターで初めてうたった歌は「傘がない」だった。

その時思った。

どうしてこの人は傘がないのだろうと。

武藤君。

元気ですか。

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2009年10月30日 (金曜日)

さいとうさん?

お昼にファミリーレストランに行った。

名前を書いて待っていた。

順番は4番目。

しばらくすると、「アサオカさん」と呼ばれた。

すると、僕の横に座っているお姉さんが、小さな声で、それでいてはっきり聞こえるように、「ルリ子、いや、今だったら、ユキジかな、ウフフ」と云った。

どこから聞こえてきたのか下を向いて、目だけ右一杯に動かして声の聞こえるほうを探した。

そこに居たのは、隣のお姉さんだ。

次の順番が早く来ないかとウキウキした。

店の人が名前を見ている。

そして、「田中さん」と、呼んだ。

すると、「マリコかな、いや、爆笑問題のタナカかな、ウフフ」と、また言った。

これは、間違いないと確信した。

横のお姉さんは、何もなかったように、メニューを見ている。

さて、次はどんなことを云ってくれるのか、ますます楽しくなってきた。

店の人が来た。

「モトハシさん」と呼ぶ。

しばらく待っても、何も起こらない。ただ、もとはしさんが椅子を立って、誘導されていく。

どうしたんだお姉さん。

あきらめかけていたら、続いて「サイトウさん」と呼ばれた。

すると、僕の後ろの方から、

「ユウキかな、いや、おじさんだね、ハンカチじゃまにあわないね、タオルだね、ウフフ」と聞こえた。

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2009年10月18日 (日曜日)

笑いながらくるくる回るスポーツ

水中バレーをする。

プール横のサブプールで水中バレーをした。

バレーと云っても、足を上げてくるくる回るバレーではない。

ビーチ・ボールを使い、バレーボールを水の中でする。

それが、結構の運動になる。

なにしろ、ずっと動いている。そして、ボールが来るととっさの打ち返す。手だって、いつも上げている。水中からではすぐに打ち返せないから。

4対4で試合をする。

相手はおじさんとおばさん。

そして僕も。

舐めてかかると、相当な体力のあるおじさんとおばさんたちだった。

90分笑ってボールを打っている。

ずっと笑っている。ボールが横にそれては笑う。ボールを打ち損なっては笑う。人の笑顔を見ては笑う。ああ、こんなに笑う人が日本にもまだいたんだと思っては僕も笑う。

なんて愉快なスポーツなんだろう。

こんなに笑顔が溢れるゲームはない。

横のプールで泳いでいるひとはまじめな顔をしている。

そんな顔を見るとおかしくてまた笑う。

そして、勝ったチームは笑いながら、手を繋いでくるくる回る。

負けたチームは、それを見て、また、笑う。

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川柳

田舎で一人暮らしをしている義母に携帯をプレゼントした。

「そんなもん何にも役に立たないよ」と言われると思いや、意外な言葉が返ってきた。

「前から欲しかったんだよ」

それから、電話での指導が始まった。

携帯に電話を掛けると、

「今、電話が震えているけど、大丈夫だろうか」と、固定電話から電話が掛かってくる。

再度、携帯に電話すると、妹の家の家電がなる。

「震えているから、とにかくボタンを押したんだよ」

翌日

ファックスで、絵入りで、説明をする。

それから、

3回に1回の打率で、受信ができるようになった、イチロウ並みである。たいしたもんだ。

続いて、メールの受信。

これは厄介だ。ボタンを2回、3回と押すことを携帯が要求する。

「電話が何か云っているけど、言う事を聞いたほうがいいかい?」

「まあ、人の云うことはまず聞いたほうがいいですよ」と答えた。

「あなたもね」とは言わなかったので安心する。

それから1ヶ月。

たい焼きの写メールを送る。

返事がない。

翌日、電話があり。

「たい焼き美味しそうだね」と。

これから、毎日、川柳でも送ろうと思っている。

これは、僕の脳細胞の活性化のため。

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2009年10月 5日 (月曜日)

プール

プールに行った。

天井から空が見えた。

空は黒かった。

水の中に潜り、空気と水中の境を上がったり沈んだりした。人間が進化する瞬間のような気分になり、プハーと息を吐いた。

今日は葬儀があった。

人は、この世から何処に行くのだろう。

教会の前から3番目の椅子に座っていた。

僕の右後ろに、視線の端のところに、人の気配を感じた。

ああ、後ろからじっと見られている。

もうそんなところにいるのですね。

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2009年10月 4日 (日曜日)

プール

もたいまさこがいい。

もちろん、小林聡美も。

誰一人、昨日の私を変えようとしない。そこが凄い。

ドラマは、チェンマイで起きているのではなく、僕たちの住む世界で起きている。

プールとは何だろう。

水は空を映し、空には、願いが浮かんでいる。その向こうには「無」が待っている。

人間が生まれ変わって犬や猫や豚になるとしたら、その生き物を大切にする気持ちも分かる。この豚の子どもが、自分かも知れない。

そういえば、声が似ているとか、顔が似ているとか。

たぶん、このプールには誰も入らないのだろう。しかし、ココになければならないのだろう。そんな大きな無駄がある国のビールは上手かった。ソムタムも。

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2009年8月 9日 (日曜日)

2-1

声援の声が後押しし、勝利。

アウェーの試合を観に行き、これで3連勝。知らない人とも30年の友達のように喜び合う。

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応援

F先生の個別指導の後、コンサドーレの応援に。

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2009年7月29日 (水曜日)

原さん

原信夫とシャープ&フラッツ・ファイナルコンサートに行った。

原さんの最後のコンサートのために、70代、80代の大人達がワクワクしながらホールに集まってきた。

大人が楽しめるコンサートが少ない中、誰もが楽しそうにおしゃべりをし、音楽を聴きながら涙を流していた。

1926年に生まれた原さんは、海軍音楽隊に入る。1926年は大正15年(昭和元年)。戦争を音楽を通じて体験してきたのだろう。

戦後、プロとなり、1951年、24歳でジャズ・オーケストラ「原信夫とシャープ&フラッツ」を結成。それらかの活躍は、知ってのとおり。

原さんの人生を想像すると、音楽と歩んだ70年という道のりだったのだろう。それも現役である。ちなみに83歳のサックス奏者はカッコイイ。

81歳の母親にその話をすると、「いづみちゃんが出たなら行きたかった」と悔しがっていた。

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2009年7月19日 (日曜日)

白州邸

武相荘(旧白州邸)に行ってきた。

その前を何度も通っていたのに気がつかなかった。

自転車を入り口に止め、サイクリングの靴音を響かせ

今でこそ鶴川は新宿から40分ほどだが、昭和18年当時は、かなりの田舎だっただろう。

新聞は臼の中に入れてもらっていたのか。

武相荘の裏山。

玄関を入るとタイルが敷かれている。昭和30年代に敷いたものだという。それ以前は土間に暖炉。奥の書斎には、小林秀雄や南方熊楠それに河合隼雄の本が。

寒暖計。25度でした。

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