2011年10月26日 (水曜日)

シャハジポンポンババサヒブアリストクラシーアルアシッドジョージストンコロリーン28世

北杜夫さんの本では、「さびしい王さま」が一番好きだった。その後のシリーズも全部読んだのにどこにも見当たらない。

出てきたのが、「ぼくのおじさん」だった。

絵は、和田誠。

絵本なのに、裏表紙の絵は、おじさんがウイスキーを飲んでいる。

さびしい王様の話。

何が好きだって、話がなかなか始まらなくてどうでもいいようなまえがきが延々と続くところ。王様の名前も、とにかく長い。

まあ、実際の生活も、どうでもいいようなことばかり続くけどね。

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2011年8月25日 (木曜日)

お世話になりました

和田誠の作品集が2冊、絵本セットが届いた。

4000点の作品はどれも懐かしい。

こんなにお世話になっていたとは驚くばかり。

井上ひさしも、つかこうへいも、芝居の思い出は和田さんのイラストを見ることではっきりと思い出す。

細い線で描かれているのに生き生きしているのは、和田さんの確かな視線があるからだろう。

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2008年1月30日 (水曜日)

かなしい本

「悲しい本」を読んだ。

息子を亡くした男の話だった。

その気持ちはほんとうに分かる。

息子との思い出が浮かんでは消える。

思い出というのは楽しいものばかり。嫌なこともあったのだろうが、全く思い出せない。

忘れようと街を歩き回る。しかし、楽しい思い出が連想され、ますます悲しくなる。

悲しくなればなるほど、顔はおかしいように笑い顔になって鏡に映る。

悲しみと喜びは紙一重なのか。

こんなに悲しい本を読むと、

憎まれ口をきく少年がかわいく感じる。

少年を意味もなく呼んでみたりする。

「なんだよ」とつっけんどんな答えが返ってくる。

答えが返ってくることが嬉しい。

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2007年12月 2日 (日曜日)

贈り物の季節です

「わすれられない おくりもの」
スーザン・バーレイ作 小川仁央訳

この本は、アナグマの話であり。また、キツネやモグラの話だ。

先日、不定期に訪問している利用者のところで、自分達が亡くなった後のことを話した。

それは、自分達の話であり、残された子どもの話となった。

子どもとは、何十年も会っていない。
しかし、子どものとこをひと時も忘れることなく、毎日、健康と無事を祈ってきた。

子どもは、親を恨んでいるかもしれない。憎んでいるかも知れないと考えると、何も出来なくなる。しかし、一方で、自分が子どもに出来ることは無いものかと考えもする。

僕の父親が亡くなってから10年が過ぎようとしている。
時間が過ぎるに従い、記憶が鮮明になる不思議さを感じている。
側に居たときには何も感じなかった存在が、居なくなってから大きくなってきた。

人間の歴史の中で、一人でも存在していなかったら、今の私やあなたは存在していないだろうと語り合った。
そう考えると、命を伝えたそこのとだけでも大きな意味がある。


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2007年4月22日 (日曜日)

あれは穴です

ガイコツのものがたり。

ガイコツは寝ているのか?

目のようなものは穴だと、五味さんはいう。

よく眠れなかたガイコツさんは、ふらふらと散歩に出かける。

町の中を一人で歩いても、誰も不思議な顔せず、自分の仕事をしている。まるで、ガイコツさんがいなかったように振舞う。

都会って、そうなんだろうか。

ガイコツじゃないけど、僕は、ズボンを膝まで下ろしているお兄さんが気になってしょうがないけれど、皆は気にならない様子。

そういえば、電車の中で助けを求めた女性がいたのに誰一人通報をしなかったと、記事になっていた。

しかし、ガイコツさんが歩いていたらどうしたらいいのだろう?

手をつないで交番まで連れて行くにしても、手が冷たいだろうし。それに、犬がいたら骨をかじられるんじゃないかと心配になる。

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2006年10月22日 (日曜日)

詩は心を開放する

対人援助の仕事は、対象者の心の問題を解きほぐす仕事。

援助技術を使い、本人のもつ力を使い、その人が自ら回復していく過程にそっと付き添う。

中心的な作業は、相手の心を揺れにあわせて自らも揺れること。

そんな難しい仕事を詩人は言葉を使って行なう。

ここに、谷川俊太郎の「やわらかいいのち」という詩がある。

ー思春期心身症と呼ばれる少年少女たちにー

どうしたらいいの

どうしたらいいの

問いかけるあなたの言葉が

私の中に谺する

答えのない私の中に

どうしたらいいの

どうしたら

私の中にあなたがいる

ひっそりとひとりで立ちつくしている

心はもつれあった灰色の糸のかたまり

だがその糸が私とあなたをむすんでいる

どうしたら

どうしたらいいの

問いかけることであなたの糸の端を

しっかりと握りしめている

あなたが歩くことのできるのがおどろきだ

あなたがごはんを食べるのが

羽をみがくのが私にとっておどろきだ

あなたのふたつの眼から

涙のにじみ出てとまらないのがおどろきだ

あなたは海をみつめて放心している

その顔にかくされた美しさがおどろきだ

そしてもしあなたが死ねるとしたら・・・

死ねるとしても---

そのことの中に私は

あなたのいのちの輝きを見るだろう

私たちの生きる証を見るだろう

怒りながら哀しんでいる

戸惑いながら決意している

突き放しながらみつめている

ひとつの顔

世界でたったひとつのあなたの顔

その顔はかくしている

誰にも読みきれない長い物語を

拒みながら待っている

謝りながら責めている

途方に暮れながら主張している

ひとつの背中

かたくなにみずからを守るあなたの背中

その背中は呟いている

自分にもつなげないきれぎれな物語を

どこへ帰ろうというのか

帰るところがあるのかあなたには

あなたはあなたの体にとらえられ

あなたはあなたの心に閉じこめられ

どこへいこうとも

あなたはあなたに帰るしかない

だがあなたの中に

あなたの知らないあなたがいる

あなたの中で海がとどろく

あなたの中で木々が芽ぶく

あなたの中で人々が笑いさざめく

あなたの中で星が爆発する

あなたこそ

あなたの宇宙

あなたのふるさと

あなたは愛される

愛されることから逃れられない

たとえあなたがすべての人を憎むとしても

たとえあなたが人生を憎むとしても

自分自身を憎むとしても

あなたは降りしきる雨に愛される

微風にゆれる野花に

えたいの知れぬ恐ろしい夢に

柱のかげのあなたの知らない誰かに愛される

何故ならあなたはひとつのいのち

どんなに否定しようと思っても

生きようともがきつづけるひとつのいのち

すべての硬く冷たいものの中で

なおにじみなおあふれなお流れやまぬ

ひとつのいのちだからだ

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2006年7月 2日 (日曜日)

father

橋口譲二さんの「ファーザー」という写真集を見ていた。

1990年、日本各地、112人の様々な職業にお父さんをインタビューし写真に収めた。

インタビューも楽しいが、写真が面白い。

お父さんの手に注目した。

手を握っているお父さん 10人

手を後ろに組んでいるお父さん 20人

手を前で組んでいるお父さん 15人

何かを持っているお父さん 10人

(持っているものは、傘、自転車、釜、釣竿、みかん、バイオリン、ギター、ヘルメット)

腕を組んでいるお父さん 3人

手を下げているおとうさん 39人

手をポケットに入れているお父さん 8人

座って足を持っているお父さん 3人

座って手を膝の上に置いているお父さん 2人

手を腰に当てているお父さん 二人

もちろんピースをしているお父さんや、手を開いてポーズを作っているお父さんはいない。お父さんはポーズを作るのが苦手だ。

かっこいい写真を撮って欲しいが、自分をどう表現していいか分からないから、ついつい、仕事で使っているものを持ってしまう。

僕らの大好きな清志朗はギターを持っている。

この写真集がきっかけで、あの名曲

「昼間のパパはちょっと違う・・」という曲ができたのか。

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2006年6月 4日 (日曜日)

こよみのよこみ

絵本「こよみのこよみ」 詞・曲あ=和田誠、絵=湯村輝彦・和田誠

この本は、湯村輝彦さんが、湯村暦(こよみ)ちゃんが3歳のときにプレゼントした本だ。

暦ちゃんの誕生日に、1月から12月まで歌のカレンダーを作りました。1月は「あたらしいカレンダー」、2月「ゆき」、3月「はな」、4月「こよみがわらうと」、5月「おやすみなさい おひめさま」、6月「あめ」、7月名作「どうして」と続く。

歌は、詞・曲を書いた和田誠夫人の平野レミさんが歌っている。

自分の子どもの誕生日に曲を作りプレゼントすることができるなんて素敵だ。

素敵といえば、昨日ETV特集「もういちどつくりたい」という番組をみた。

福岡に住む、RKB毎日の元ディレクター木村栄文さんを追いかけた作品だ。栄文さんは、ドキュメンタリー作品を何本も取り、その道では多くのテレビ・マンから尊敬されている人だ。その栄文さんが14年前からパーキンソン病に罹り、病気を抱えながらも「もう一本」作品を作りたいと苦闘する。

その作品とは、障害を持つ我が子を撮った「アイラブ優ちゃん」の「その後」を纏めようと構想が練られている。優ちゃんは、6年前に脳梗塞により亡くなっている。その子により、励まされ、生かされ、ドキュメンタリー作品が出来てきたと考える栄文さん。また、充分に世話をしてあげられなかったと悔やむ栄文さんにとって、どうしても残しておきたい作品だった。

栄文さんにとって、残りの人生は、作品を作り上げることだけのためにあるように見える。その気迫と、その執念がすごい。

執念といえば、今村昌平がなくなった。今村作品は「神々の深き欲望」以後だいたい見ている。久しぶりに「赤い橋の下のぬるい水」を見た。今村75歳の作品である。

年を重ね、自分のやるべきことを持ち、執念と呼べるような情熱を持ち続けられることは素晴らしい。

それにしても、清水美砂はいい。

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2006年5月14日 (日曜日)

ひとまねこざる

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おさるのジョージ

ひとまねこざるときいろいぼうし

家にあるこの本は、昭和41年11月16日発行の初版版だ。

ひとまねこざるシリーズは、おさるのジョージが様々な冒険をするものとして知られている。

この本で、黄色い帽子のおじさんと出会い、動物園に行くことになる。そして、ジョージは、「どうぶつえんは、なんてすばらしい ところだ」と感じる。

この本の作者、H・A・レイは、(実際は、妻のマーガレット・レイとの合作)、ドイツのハンブルグで生まれる。ハンブルグには、とても素敵な動物園があり、子どもの頃から動物が大好きなレイは、動物園に通い、楽しい思い出があったのだろう。

しかし、その人生は波乱に満ちたものだった。

ハンス・アウグスト・レイは1898年、ドイツのハンブルグで生まれる。彼は世界的に有名なハーゲンベック動物園(動物を囲う柵が全くないとのこと!)の近くで育つ。

マーガレットは1906年、同じくハンブルグで生まれる。二人はそこで出会うのだが、マーガレットが絵の勉強をするためにハンブルグを出たため二人は離ればなれになってしまう。

ハンスは家業を手伝ってブラジルのリオ・デ・ジャネイロでバスタブを売っていたときに再び彼女と会うことになる。マーガレットは悪化しつつあるドイツの政治状況から逃れるためにブラジルへ渡ったのだった。

ハンスはマーガレットのすすめで家業を辞めて、二人で広告業などをする。

二人は1935年にブラジルで結婚。その後、二人はフランスのパリに移り住む。


そこで、新聞漫画を描くことになったハンスの作品を見た出版社から、絵本の作成を頼まれる。彼の初めての子供向けの絵本「きりんのセシリーと9ひきのさるたち」(Cecily G. and the Nine Monkeys)である。これは同時にその中に出てきた"Curious George"のデビュー作でもあった。

この絵本が出版されたあと、レイ夫妻は、次にジョージをメインにした絵本を書くことにしてその製作に取りかかる。
しかし、1930年代の終わりから1940年代の初期にかけて、ヨーロッパの政治状況は極めて不安定なものだった。

ヒトラー率いるナチスがパリに向かっているとき、二人はパリを出ることを決意する。
そんな状況の中、二人が選んだ移動手段は自転車。

二人は"Curious George"の原稿を持ち、二台の自転車でパリを脱出する。その数時間後、ヒトラーがパリへ入城。
4日間かけて、二人はスペインの国境に達する。そこで自転車を売り、それを切符代に換えて、ポルトガルの首都リスボンへ向かう。

無事にリスボンに着いた二人は、そこからブラジルに向かい、1940年にニュー・ヨークに移り住む。そこから二人の本格的な絵本作家としての人生が始まる。ハンス42歳、マーガレット34歳だった。

そんな二人の人生を想像して絵本を読み返すと、全く違ったジョージになる。

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