2013年5月12日 (日曜日)

母の日

母の日だったので、心のお母さんの息子さんのライブに行った。

そしたら、心とお腹がいっぱいになった。

あー、しあわせ。

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2013年1月 1日 (火曜日)

久しぶりです

聞こえてくる歌は、死んだ男の残したもの。

それなのに、中込先生を想いだす。

存在の大きさや影響は、生きているかどうかではない。

それに気づいたのは父が死んでからである。

するとマスターが言う。

「僕は過去を生きてます」と。

自分を探したい人は未来に生きようとする。

しかし、自分を捨てた人は、いまを生きる。

すると、死んだはずのクライエント(お客さん)が現れる。

何も言わないで、じっと僕を見つめている。それは、笑っているような不安な顔をして。

すると、死んだはずの高田渡さんが唄いはじめる。

どうやら雲の上でも自転車に乗っているらしい。

ぼくは夢を見ているのだろうか?

だとしたら会いたい人がいる。

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2011年5月29日 (日曜日)

ひと前で泣けるおんなと泣けないおんなが夕べの光あびている

中込先生の家に行くのが楽しみだった。

とくに、社会が混沌としているような状況のなか、漠然とした不安を抱えているときには、気持ちが落ち着いた。

部屋の中は、ごちゃごやだった。

それは、混沌と戦った成果でもあるようにも見える。

いつもの椅子に座ると、お茶が出てきて、誰かが持ってきたであろうお菓子がそのまま置かれていた。

そこには、やはり、先客との葛藤の跡があった。

先生は、いつも戦っていたようであり、そして、泳いでいるようであった。

「こんなことになってどうしたらいいのかね」と言ったかもしれないが、すぐに、お茶を飲んで歌にしただろう。

歌うことができることは才能である。

その歌をいつも聞いているのは梟たちだ。

部屋中にあふれる梟は、今もその歌を聞いて、世界に届けているだろう。

そう、僕のいえにもやってき歌う。

ほーほーと。

その声を聴きながら飲むお茶は気持ちが落ち着く。

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2010年2月22日 (月曜日)

個人的な感想

「ほどほど」が、どうして中込氏と繋がるか。ここからは全く個人的な問題である。

まあ、ここに書かれている文章はすべて個人的な問題だけど。

中込さんは、ほどほどには生きていない。

かなり、劇的な人生だっただろうと想像できる。

でも、本人と話をしている限りにおいては、いい加減だ。

何もしていないように見えて沢山の本を出した。

ただ生きているだけで、沢山の作品を残した。

そのギャップは「ほどほど」と繋がるような気がする。

なにも無いのにある。

歩いているだけで足跡が残るように、人生が残るっていうのはいいね。

昨日、矢野明子が学生の詩を歌にしていた。

なんでもない言葉が、歌になった。

言葉は立ち上がり歩き始めた。どんどん高く。

その瞬間は、アームストロング船長が月に降り立った瞬間みたいに感動的だった。

ふわっと月面におりるように、あっこちゃんのピアノは鳴りだした。

どうして指が動くのか分からないという。どうして言葉が歌になるのか分からない。

けれど、それは始まる。

そう、ほどほどは、何となくはじまり、いつのまにか終わっている。

そういう人生だったような気がする。

中込先生の人生は。

これは、個人的な感想だけどね。

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2010年2月21日 (日曜日)

ほどほどを考える

水中バレーボールをしていると熱くなる。

たかが遊びなのに。

いいプレーをしたいというより、勝ちにこだわり始める。これは、性格だろうか。負けたくない人っていうのがいる。

ほどほどにした方が楽しい。けど、冷めてしまっては面白くないから難しい。

ブログもそうだ。

お客さんが沢山来るのは楽しい。けど、あまり沢山来ると面倒なことになる。まあ、そんなことはないけどね。

それだからでもないけれど、コメントに返事を書かない。

このブログは、平均数十人が遊びに来るらしい。ちょうどいい数字だ。

そういえば、山下達郎のラジオ番組は、お便りをはがきに限定している。まあ、山下さんが頑固な事もあるけどね。メールにすると整理が面倒になるという理由と、リスナーがこだわりの世代が多いこともある。

はがきなら、面倒なので、そうは簡単に書かないだろう。それに数が限定できると、リスナーとの交流ができる。

ということを考えていたら、今日の読書欄に、「感動しないように気をつけている」人の話が出ていた。

感動的な映画とか、泣かせる仕掛けは危ないという。

彼は、感動したくないのではなく、すぐに感動してしまう傾向があるからだと説明している。

泣こうとすると泣けないものだ。つい、泣いてしまったという位がちょうどいい。

涙がほろっと出るくらいがね。

あまり出すぎてもみっともない。

親戚のSさんは、感動的な映画を見ると嗚咽する。それもすごく。

横に座っている奥さんは、他人のふりをするらしい。その気持ちは分かる。

まあ、ほどほどがいい。

ほどほどにしないで、調子に乗って失敗することが多いからそう思うのだろう。

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2008年7月18日 (金曜日)

背中

かさかさの

小さい手よ

かさかさの人生の端

にぎってしまって

中込先生の顔を忘れそうだ。

それでも、街で会うおばあちゃんの中に、足の速いおばあちゃんの中に、中込先生を見る。

どこにでも顔をだし、何にでも関心を持ち、人生の端を握って生きていた。

いま、「花かんむりの子どもたち」を見ている。

帯には、「泣きたい時にはね、泣いたっていいんだよ」と、書かれている。

先生の隣りには、泣いている子どもが沢山集まっていた。

泣きながら、世間の、父親の、学校の先生の、施設の職員の文句を言っていた。

文句を言っているときの子どもたちの目がキラキラする。

そんなに文句をいいながら、泣くしかできない子どもを抱えている先生の背中が好きだった。

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2007年7月21日 (土曜日)

それでいいよ

これでいいという 訳でもないが

それでいいのよ それでいいのよ と

思って生きています

 

言葉と言うものは面白い。そのときは何でもない言葉が、後からずっしり重くなったりする。

先生からもらったこの短歌が最後の言葉のように感じる。

 

片側をみている自分の

片側を射る白い目が

にたりとわらう

 

結局、自分の表を見ているようで、それが裏だったりする。鏡に映る自分は自分ではないのだから、僕はどこにいるのだろう。目に見える自分といったら、キーボードを打つこの右の手と左の指だけ。

 

もう一つの顔が後ろにございましす

それも

あなたのものなのでしょう

そうか。

もう一つの顔があったのか。表面ではなく、自分は内面にあるのだと。

 

花抱いて

いそぐ少年なにごとか

さみしい顔でありたることよ

 

少年はどこに行くのだろう?

その顔は、後ろを振り返らず、遠い目をしていることだろう。

 

説明の

つかないことがありまして

雲ひとつ浮く

ただ広い空

 

書道の先生から唯一習った字が「雲」

どうしても雲が書きたかった。

なぜかって?

説明できませんがね。

 

間に合わないことばかりなり

私を残して

大きく日は沈みたり

どんなときでも日は必ず沈む。

追いかけようとすると、太陽はどんどん逃げていく。

待っていればまた会えるのに。

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2007年4月 6日 (金曜日)

めざしの子

子どもと4歳の時に別れてから会っていないという話を聞いた。

子どもの施設に勤めているとき、子どもが大きくなると、「親に会わせるべきか」職員でよく話し合った。
しかし、子どもの方が職員よりしっかりとした意見を持っているもので、自分なりにどうすべきかを決めていた。
中込先生は、子どもの親を探しに山谷まで行き、そこで野本三吉と会った話をしてくれた。
子どもは、親が思うほど、親の事を悪く思ってはいない。むしろ、親がいない事の方が不安だという。
自分がどこから来たのか、その元が知りたいと親を探す。それは、親に会いたいという気持ちと同時に、自分を知りたいという気持ちのようだ。
だから、たとえ酷い親でも居てくれることで自分のルーツはつかめる。しかし、行方不明の場合、自分がどこから来たのかが分からないから不安が大きくなる。
親が子どもに会いたいのと同じに、子どもの方も親に会いたいと思っている。
鳥海昭子はいう、
「こどもは皆、お父さんとお母さんからうまれたんだよ」と
自分の今があるのは、お父さんとお母さんがいたからで、そのお父さんとお母さんにも、それぞれ、お父さんとお母さんがいる。
当たり前のことでも、ずっとずうっと前から繋がっていると思うだけでなんだか安心するものだ。

 わからないことだってあるさ 昨日ころんだ傷が今日いたみだす

 種をかめば 種のにがさよ 逢うことのさみしさに似てしのびおり

 何の関係があって めざし4匹ひと連らとなる

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2007年2月27日 (火曜日)

冬の水は冷たい

「ウエスト・エッグ村にはどう行けばいいのでしょうね?」と彼は途方にくれた声で尋ねた。
グレート・ギャッビーを読んでいた。
突然、次ぎの短歌が頭の中に浮かんで消えなくなってしまった。

 

抱ける分量だけにしてください。くらやみに卵わたされる

 

 卵を渡されたのは鳥海昭子だ。
彼女が子どもの頃の話か、それとも、その時の話なのだろうか。
僕は子どもの頃、養鶏場に住んでいた。どうしてそこに住むようになったのかは分からないが、毎日鶏の声を聞いて目覚めていた。
生んだばかりの卵は温かい。そっと抱いていると、ヒナが孵るのかと真剣な気分になる。卵を渡されるということは、なにか、僕のことを信用してもらったなといういい気分になれる。それも、一つでなく、いくつか。しかし、いくつも渡されると気が重くなる。そんなに信用されていいんだろうかと考えてしまう。それも暗闇で相手の顔が見えない。卵ばかり見てしまって、そこに居たのが誰だったか思いだせない。

 

あしたはうごくから とどかない手へ 手をさしのべる

 

 手をつなぎたいと思うことがある。つなぐと言うのは、つなぎたい人が握り、つながれたい人が優しく握り返してくれる時に感じる感覚だと思う。
浮き草のような僕は、明日を信じたいと思い、届かない手でも差し伸べたい。

 

足りないものは 足りないままに美しいと十一月の風がそういう

 

風がそういうんだから、間違いないだろう。
そういえば、高校生の頃、かぜこうじというDJが居て、毎日「かぜさんこんばんわ」と、手紙を書いていた。
かぜさんは、丁寧に高校生の質問に答えてくれた。

先生、今の気分は、こんなもんです。

 

計算のはずれたところから 水でっぽうの水にうたれる

 

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2006年10月 9日 (月曜日)

梟は黙って語る

中込先生(鳥海昭子)の一周期の会に出席した。

家庭学校の子どもたちと再会。

先生が逝ってから1年、家庭学校を辞めて15年、先生に初めて会ってから25年が過ぎた。

子どもたちの顔を見ていると、15年前、20年前のことを昨日のように思い出す。その頃、幼児だった女の子がきれいなお姉さんになっている。中学生の子は、母親に。または、立派なおじさんになっている。

家に帰れば母親であり、父親である彼らも、ここでは、「あの時は、・・・」と楽しそうな子どもの顔になれる。

大人になるのが「怖かった」という。

母親になるのはもっと不安だったろう。「でもね、先生。いつの間にか年をとって、あたしもう31だよ」とニコニコ話せる。

井の頭公園が見渡せる店で、会話が弾む。店の外の木には、きっと梟になった中込先生が見ていただろう。

みんながしっかりと成長している姿を。

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