2016年1月 9日 (土曜日)

市民相談

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京都で毎月、無料相談を行っているTさんの相談会にお邪魔した。相談員として。
継続しているところがすごいね。

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2015年12月 3日 (木曜日)

無題

Aさんが亡くなった。

車で施設に向かった。
Aさんは眠ていた。いつもの愚痴も言わずに黙っていた。僕を見ないで目を瞑っていた。
僕も黙って見つめていた。こんな所にホクロがあることを発見した。

急にラーメンを食べているAさんを思い出した。
嬉しそうに食べている。
スープも全部飲んでいる。
身体が暖かくなり、ニッコリ笑った。

二本残った歯で今もにっこり笑っている。

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2015年7月 1日 (水曜日)

笑顔で手を握る

相続の相談が入る。
手続きをするだけで解決する問題ではない。
相続は親族が亡くなった事からはじまる。そこにいきつくまでにいろいろな事があった。
だから、そのいろいろを手繰り寄せて解いていくことからはじめないと。
場合によっては後見人を立てる事も必要になる。

関係者にお会いする。
病院に行ったり、自宅を訪問したり、生活を感じられる空間で話を聞く。
肝心の話より思い出がたくさん出てくる。

ああ、そんな事があったんだなと思う。

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2015年4月27日 (月曜日)

微妙な問題をどう考えるか

微妙な問題とはなんだろう。

まず、それを感じてみることと、それにどのように向かい合っているかを考えるか。

すると、微妙だと感じていることも、問題とは感じていることも、私の感覚であり、そうフレームしていることに気づく。

前に進めたい気持ちを持っている私と、前に進めない力がある。
そう、抵抗があるから微妙ななおであり、問題とはなっている。

だから、それが問題であるか?前に進める必要があるかの根拠を明らかにする。

それから、取り扱いに注意する。

何しろ微妙なのであるから。

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2014年9月22日 (月曜日)

何を忘れ何を覚えているか

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忘れることは良くあることだけど。
全部忘れる人は少ない。何処かを覚えていたり、複雑に重なっていたり、勘違いして覚えていたりするから厄介だ。

この人、人形だけどね、も、僕のことを父親だと認知している。でも、それはいつでもではなく、時々、恋人になり、会社の上司になったり、命の恩人になったりする。

その度に、僕は
演技を変え、声色を変えなければならない。

それは、面白い体験だ。

先日、だけど、ずっと前、演技指導を受けた。

その際も、演じているのは嘘の自分か、本当の自分か、その境があやふやになった。
そのうち、生と死の境もね。

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2014年5月13日 (火曜日)

ラーメン食べたい

特養に入っている愛子さんー仮名ーと手をつない散歩した。 愛子さんの機嫌はいい。 前に会った時は蹴飛ばされそうになったけど、今日は笑顔が美しい。 だから、写真を一枚撮った。 それから、手をつないで散歩した。 愛子さんは、手をつないであげるから、ラーメン買ってきてくれといった。 もちろん、と答えた。 それから、どんなラーメンが美味いか話をした。

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2014年5月12日 (月曜日)

それは言わないで

施設で生活することはストレスが多い。

職員から良くされるためには、かわいいお婆ちゃんであることがいいということは分かっているが、英子さん(仮名)はそうもできない性分である。
だから、つい、ホントウのことを言ってしまう。
肉が食べたい。ぐにゃぐにゃした食事は食べた気がしないのよ。
前は、バスで旅行に連れて行ってくれたのに、この5年どこにも連れて行ってくれない。
朝は、トイレの前に何人も並んで、漏れそうでしょうがないわよ。
と、話は尽きることはない。
ちゃんと話をしてよねと、相談員に話をしてほしいという。
はい。
つまり・・・・と、英子さんの言っていることをより具体的に広げ、より強調して繰り返す。
・・・・と、言うことでいいですか?
それを聞いた英子さんは。
そこまで言わなくてもいいわよ。良くしてくれることもあるんだから。
ということで、今日の会議は無事終了した。

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2014年4月21日 (月曜日)

医療的説明

仕事柄色々な病院に行く。
後見人という曖昧な関係者であることもあり、関係は明確であるが病院にとって家族以外の関係者は付き合いにくい様子、客観的な話をする。
何ができ、何ができないかという話をする。その場合、めんどくさいという顔をする医者が多い中、今日は初めて医師としての責任と専門的な判断を明確にする人にあった。
これは嬉しいことである。
その医師がはじめにしたことは本人の意思を確認することだった。
これも当然であるが、今ままでそんなことをする医師はいなかった。
すると、本人は自分の気持ちを本人らしく表現していた。そう、自分のことを一番知っているのは自分だということを思い知らされた。
ただ、医療処置の話はもっと丁寧にして欲しかったけど。
事前に確認しておくことが必要なんだけど、その場にならないと判断できないことだってあるよね。

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2014年4月13日 (日曜日)

一枚の名刺を見ている

ここに一枚の名刺がある。

名刺の持ち主は生命保険会社で働き、一軒家を持った。

景気が良かった時代である。着るものや食べるものにこだわり、それなりの生活を送っていたと思われる。

彼女は結婚をしなかった。それは、結果として結婚をしなかったのであり、そこに意味を見出すこともなかった。

従って、子どもはいない。

一人で暮らし、窓の外を通り過ぎる猫に餌を上げることが趣味だった。どんなに餌をあげてもなつかない猫を見ていると自分の事を考えた。

彼女は友達がいない訳ではない。むしろ、沢山いた。それは、昔の話だ。
今は一人である。

一人が嫌ではない。しかし、友達という人から一人は寂しいでしょと言われる。老人ホームというところで暮らすように何度も誘われ、仕方なく承諾した。

その時は気が弱くなていた。

ホームに暮らし始めてすぐに自分には合わないと感じた。何がということではなく、なんとなくである。

その、なんとなくは、毎日大きくなりどんどん苦しくなってきた。

それで、ホームから逃げた。彼女はただ、家に帰ったらだけなのに、脱走したと言われた。

それから、一人暮らしをはじめた。

誰にも助けてもらわず、自分のお金で自由に暮らしはじめた。

だんだん家から出なくなった。そのうち、ベッドから出なくなった。

いろんな人がいる家に来るようになった。食事を持ってきて、風呂にも入れてくれる。

そんな生活が何年も過ぎた。

彼女は孤独だとは思わない。このまま死んでも孤独氏だとは思わない。

ただ、一人で暮らしているだけだ。

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2014年3月21日 (金曜日)

もてなす

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山田さん(仮名)は、お茶が好きだ。
飲むのがではなく誰かのために入れるのが。
誰かが来ると、それがお客さんだとなおさら張り切る。じっとしていない。お湯を沸かそうとして、水をこぼし、茶碗を出そうとしてカップを壊し、お茶を探すのに30分かかる。
だから、ホームでは山田さんの手間を省こうとスタッフがお茶を持ってくる。
それを、山田さんは阻止しようと入り口にバリケードを作る。
ホームだって、サービスは手間を省くためにするのではない。手間を掛ける行為だということはわかっている。それでも、ついつい、やってしまう。
それに、お菓子を食べ過ぎるから困るという。
山田さんはスタッフに見つからないようにタンスやベッドの中、そして、誰にも分からない場所にお菓子を隠す。誰もに分からない場所に隠されたお菓子は、当然、長い間見つからない。
そういえばこのカリントウ、少ししけていた。
山田さんは言う、やっと出てきたのよ、美味しいかりんとよ、と。

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