カテゴリー「第三者評価」の31件の記事

2009年2月28日 (土曜日)

トイレ

木・金と軽井沢に出張。

色々な施設、家、機関を訪問する機会に恵まれている。

そこで思うことはトイレがみんな違うと言うこと。

トイレが気持ちいい家は素敵な家だと思っている。使い勝手がいいとか、きれいだとか、広いとか云うのではなく、なんとなく居心地いいトイレは、住む人の気持ちがこもっている。

軽井沢の・・のトイレには小さな電気ストーブが置いてあった。廊下が寒かったせいもあり、なんてあったかいトイレなんだろうと、出たくなくなった。

妹尾さんの「トイレまんだら」を読むと、トイレが住む人の拘りを表現する場であることが分かる。

そういえば、妻の実家にはウォシュレットの初期型が設置されていた。それがなんだか分からずボタンを押した時の驚きを今も忘れない。

仕事に行き詰ったり、職場で嫌なことがあった時、トイレに逃げ込むというドラマがあるが、気持ちの収まるトイレなら、「また、やるか」という気分になる。しかし、「もう、いや」という気分になるトイレから出た社員は会社を去るだろう。

会社やデパートがトイレにお金をかけている理由も分かる気がする。

追伸

ボクが子どもの頃、便所は廊下の突き当たりにあった。「トイレまんだら」の157頁とそっくり。

暗い小さな部屋なのに、座ると上の方にある明り取りから入ってくる光がとっても明るいと感じた。

天国からの光はこんな感じだろうと思った。

用が済むと、手の平で下から押し、必要な分だけ水を使う用器から水を出した。

長く座っていると疲れるのと、夜は怖いので、すぐに飛び出していた。

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2009年2月27日 (金曜日)

消えた報告書

朝から、報告書を作成。

何故かペンが進む。キーボードの音が軽やかで、どんどん進む。

自分の文章がすばらしく見えるほど。

昼前にはほぼ完成し、満足して外出。

利用者宅と銀行を回り帰宅し、最後のコメントを書いて送ろうとしたその瞬間、パソコンの画面から報告書が消えている。

消えたと言っても何処かにあるだろうと探すがない。

ないものはない。

仕方がないので、最初から書きはじめるが、ぜんぜん思い浮かばない。

あんなにすばらしい文章だったのにと思うが、

振り返ってみると大したことがないように感じる。

再度、書き直してみると全く違ったことを書いている。

あの高揚感は一体なんだったのか。

という訳で、何をしているのか分からないうちに日が暮れた。

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2008年12月 6日 (土曜日)

指が勝手に動きだします

朝から第三者評価結果レポートを作成している。

いま、計算したら30000字程、キーボードをたたいている、いや、ローマ字入力だから60000字になるか。もう、頭が痛い。

そして、ブログを書き込むなんて殆どキーボード中毒状態です。

でも、夕方に終了したので、これからスポーツクラブに行き汗をかいてきます。

これも、かなりの中毒状態か。

それにしても、親指シフトが懐かしい。

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2008年11月14日 (金曜日)

インタビュー

インタビューが上手な人は、聞いてほしいことを聞いてくれ、自分でも気か付かなかったことまで聞いてくれ、最後にいい気持にさせる。

と、分かっていても、話を聞いていると、質問になってしまう。

つい、こちらが聞きたいことを聞いてしまう。

そこまではいいのだが、だんだん、自分でしゃべり始めると最悪だ。

インタビューを終わった後、またやったと感じる。

人の話を聞くときにメモを取ることをマナーと教わっている人が、メモなんか取り始めたら、まったく逆転してしまっている。

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2008年9月20日 (土曜日)

取材と記録

インタビューした材料をレポートする仕事をしている。

インタビューが上手くいっても、レポートがまとまらないといけない。

それは、相互に関連性があるといっても、勝負はレポートだ。何しろ記録は残る。

取材する前に、事前準備をする。インタビューは、確認に徹して、事前準備が十分にできているときは、レポートも楽になる。

また、取材メモが系統だってまとまっていれば、それを、書き写すだけでレポートは完成する。

今回は、ノートを買って、事前に構想を立ててからインタビューに臨んだ。それなりの効果はあったのだが、つい当初の予定以外のことに関心が移りポイントがぼけたり、それたり、曲がったりしてしまった。

そして書き始める。ここからは集中できるかどうかが問題になる。

集中すれば、2時間ほどで終わる仕事も、取り掛かるまでに3時間かかり、途中で嫌になる。

そんなことにならないように、先が見えるまでは進めるようにする。

なにしろ後が詰まっている。

こんな仕事は向いていない。まったくそう思う。

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2008年7月17日 (木曜日)

現場

第三者評価者の仕事をしている。

評価者の多くは、現場の人間ではない。

現場(福祉の現業者)から離れた人、又は、福祉の研究者、それとも、経営コンサルタント、あるいは、評価事業を生業としている人が多い。

現場から見ると部外者である。

外部の視点から現場を見ることの意味は大きいと思う。外部の人間でないと分からないことも沢山ある。

しかし、僕自身がある現場にいるから感じるのだが、現場の感覚がとても大切だと思う。

それは、職人が感じる「カン」のようなもので、現場の空気というものである。

だから、仕事が楽しくてしょうがないという人を見ると、それだけで羨ましくなる。

その時には、評価者の存在がとても小さくなる。

しかし、現場からは、「楽しくてたのしくてしょうがないんだからね」という声や笑顔を見つけることが難しくなった。

その点、僕の仕事は楽しい。

というより、楽しくない仕事をしたことがない。

それは、詰まらない仕事は早めに切り上げる性格が災いしているのだと思うが。

追伸

そう、昨日も現場だった。

詳しいことは言えないのだけれど、楽しかった。

その楽しさは、評価者には分からないのだな。

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2008年5月28日 (水曜日)

インタビュー

仕事柄いろいろな方にインタビューする。

インタビューは、聞く人の力量により成果が大きく違う。何を聞くかという事より、どんなふうに聞くかが大事だと思っている。

初めて会った人と話をすることの楽しさを感じる。

質問をすることに夢中になると聞けなくなる。質問の答えが欲しいのであれば、インタビューでなくてもいい。わざわざ時間を取ってもらい、話をしてもらう喜びを感じる。

限られた時間の中で、交流が生まれる瞬間がある。

お互いが相手に興味を抱いたとき、もっと話をしたい、もっと聞きたいと感じる。

それでいて、聞くべき内容は決まっているのがインタビューである。

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2007年10月24日 (水曜日)

教訓Ⅱ

今日はコーヒーショップでレポートを作成。
2時間半もいると目が痛くなってきた。
それでも、集中したらあっという間。

それにしても最近の女性は乱暴だ。

持ち物をバサッと置いて、いきなり眉毛を伸ばしはじめた。そんなに眉毛を伸ばして何を載せようというのか。

今日の教訓。
仕事は早く済ませて家に帰ろう。

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2007年10月23日 (火曜日)

教訓を守りましょう

今日から4日続けて評価訪問とレポート作成という恐ろしい日程が続く。
気がついたらこのような日程になっていた。
まったく困ったものだ。

今日の所は、何とかクリア。
いま、レポートを送りました。

もう、一日を大切にするのみ。
それに、その他の大切な仕事もあります。

今月は、たそがれる暇がありません。

本日の教訓。
「事前の準備が大切です」

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2007年3月 3日 (土曜日)

最後の評価が終わる

3年前から関わってきた東社協の第三者評価事業が今月で終了する。
今年度は、特養、児童養護、母子、グループホーム、障害施設などの評価に関わることができた。
評価者として、施設長をはじめ、東京都の元職員など、経験豊富な方々と仕事が出来たことを感謝している。特に、一定の制限の中で物を書くという作業は学ぶところが大きく、個人的には、成長できたと感じている。
さらに、施設という特殊な環境を、一定の距離を置いて見ることができた。その位置は、職員でもなく、利用者でもなく、それでいて、両者の関係が垣間見える場面があり、貴重な体験であった。
次年度以降も引き続き、どこかも評価機関で第三者評価を行なっていきたいと考えているところである。

事務局の皆さん、お世話になりました。

今後も別の仕事がありましたら、回してください。

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2007年2月21日 (水曜日)

集中力が勝負

昨日は、朝早く置き、東京の西方面の施設の第三者評価に伺った。終わったときは、真っ暗。座って話をしたり話を聞くというものかなりの精神力・集中力が必要。ぐったりとしてしまった。
ケアマネ協議会の運営委員会に出席し、家に帰ってくると、「顔が変よ」と言われた。顔は前から変なので、疲れていたんだろうと思う。
疲れるのと、お腹が空くとイライラする性格は以前から。気をつけよう。
今日は、家で、評価結果を朝から書いていた。集中して書いていたらお昼になってしまった。作ってもらったお弁当をテレビを見ながら頂いて、これから出社します。



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2007年1月29日 (月曜日)

どこか雇ってください

東京都社会福祉協議会(東社協)と東京都社会福祉士会の第三者評価者をしている。
そのうち、東社協は今年度をもって評価機関としての使命を終わることになったといわれた。評価者としては、東社協の評価システムを気に入っていた。また、事務局の人に大変お世話になったこともあり、大変残念な気持ちだ。
また、福祉士会の方は、余り活動をしていない(実績が少ない)こともあり、新しい評価機関を探している。

第三者評価は大変な作業だと感じる。しかし、やり始めるとやりがいを感じる。特に、自分が関わりを持った施設(児童養護施設や母子施設、高齢者施設)に関してはこれからも関係を持っていたいと思っているので、どこかでつながっていたい。
明日から、また就職活動が始まります。


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2007年1月17日 (水曜日)

今出来ることはいまするべし

・昨日から第三者評価の事業が続いている。昨日は特養の訪問調査。今日は、児童養護施設のフィードバック、明日は別の特養の訪問調査。家に帰ると、その日に仕入れた情報を纏める作業を行い、すこし頭がごちゃごちゃしてしまうのと、一日椅子に座っているのが辛い。

・家裁から電話がある。キャンセルと別の依頼だった。一件キャンセルしたから、申し訳ないので「別件を・・・」ということになったのかはわからないが。調査官は、「実は、別の事案があるんですが・・・」という話になることが多い。こちらもなかなか複雑なケースで、最近相談があるのは色々事情のあるものが多い。

・事務所の隣の銀行に行く。小額の預金の解約、あるいは全額の引き出しの依頼をする。しばらく待たされて、店長らしき男性が現れる。「後見届けをしたか」と聞かれるので、後見人として一回限りの取引をしたい、身分を確認できる書類は整っているのでお願いしたいと伝える。しかし、男性は「後見人届けをする決まりではないか」と食い下がるので、こちらも、「後見人届けは、継続して銀行と取引する上で必要になる届けと解釈している。一回限りの取引であれば、本人ができることを成年後見人が代理権を行使して行うことに問題はないはずだ。金融庁に電話して聞いてください」と食い下がる。
 男性は、裏に回りどこかに電話をする。窓口に出てくるとニッコリして「大丈夫です」という。最近、食い下がり方が上手くなっている。

・認定調査の依頼が5件ポストに入っている。すぐにアポイントを取る。このすぐに予定を入れることが大切だと最近わかってきた。一人で仕事をしていて大切なことの一番が、今出来ることを今やること。後に回すとろくなことがない。

と言いつつ、今日行くはずだった、税務署には行けなかった。

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2006年12月11日 (月曜日)

僕がマニュアルを嫌いなわけ

僕はマニュアルが嫌いだ。
アニュアルが嫌いな僕が、「マニュアルはありますか?」と聞いている。
どうしてマニュアルが嫌いなのか、今日分かった気がした。
マニュアルは、人を見ていない。

大手の事業所は、マニュアルがきちんとしている。マニュアルのマニュアルまである。
電話に出るときには、マニュアル通りに事業所がどんなところであるかを言う。その時、相手の話を無視して一方的に、「ありがとうございます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・です」と告げる。

「ありがとうございます」といっているのに、ちっともありがたくない。

ハンバーガ屋に行く。マニュアルどうりに、「お飲み物はいかがですか?」と聞かれる。「ここで食べます」と言っているのに、「店内で召し上がりになりますか?」と聞かれる。
まるで、「ごはんをください」と言った時に、「ライスでよろしいでしょうか?」と聞かれるようで、頭にくる。

今日、コンビで水を買った。140円の商品。150円を出した。「10円のホウお返しいたします」と言われた。

だれも、僕を見ていない。
誰も、人間を見ていない。

だから、マニュアルは嫌いだ。


追記)

そのてん、おばさんは凄い。

マニュアルを無視して、「お兄さんいい顔しているね、お金持ちになるよ」と無駄口をきき、僕の手の中にしっかりとお釣りを握らせる。

こういわれると、また、その店に行こうと思う。

ただ、若い子のいるレジに並んで、おばさんの行動を観察しにね。

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2006年11月27日 (月曜日)

お金を稼ぐ職員と利用者

福祉施設の第三者評価をしている。
福祉施設は、以前は措置費で運営をしていた。職員の給与は、民間の施設にあっては公務員並みにしようと公私格差を縮める努力が行なわれてきた。
その甲斐もあり、年齢が上がるに従い給与があがり、経験に応じた額が支払われてきた。
そうした体系が崩れた。
経験給から能力給になりつつある。つまり、経験30年の職員も、経験5年の職員も同じ給与になりつつある。
こうなると、経験者はどんどん減っていく。若い職員が多くなり、パートや非常勤が中心に勤務が組まれることになる。
「施設経営には効率化が求められる」と言うとき、それは経費を抑えるための方便のように使われる。
一方で、施設も経営努力をしてこなかった。
措置というお金がやってくる仕組みにあっては、年度末に不必要なモノを買うようなことをしていた。職員の評価をしないままベースアップをしていた。こうした経営にあっては、自主財源を探す努力も必要がない。

しかし、福祉も経営の時代だと言われるようになった。

毎年、予算は縮小する。利用者に回す予算も、職員の給与も下げざるを得なくなってしまった。

今までの質を確保するためには新たなお金が必要になる。しかし、職員が少なくなり、若手中心の職員で回しているのでこれ以上できないと感じている。

行政の委託事業を受けたいと考える。しかし、行政自体も事業規模を小さくし、委託事業についても安い民間企業を選択する。

こんなときこそ、自分達の売り物は何であるかを真剣に考える必要がある。

給与は、与えられるものではなく稼ぐものだという考えの転換が必要だ。

自分達の給与を稼ぎながら、対象者の福祉をどうやって向上させようとするのかを考える時代がきた。
施設にあって一番の財産は職員だ。その職員が地域に出て行ってお金を稼いでもいいんじゃないかと思う。何も施設の中にいるだじゃもったいない。それに、利用者も一緒に地域に出て行きお金を稼ぐなんてどうだろう。

勝手なことを言っているが、そのくらいの発想の転換を図らないといけないところのきていると感じる。


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2006年11月14日 (火曜日)

高く、高く、打ち上げようよ

子どもの施設を訪問した。
子どものと面接。
面接が終わり、一緒に遊んだ。
風船を蹴り、風船が落ちてくると再び蹴り上げる。
ケラケラ笑いながら風船を蹴り上げる。
楽しそうな笑い声が部屋の天井まで響く。
その後で
兄弟の話を聞いた
どうしてこの施設に来たのかを話はじめた。
施設で働いていたときには、自立できる子どもに育てたいと思ったが、自分の子どもを持ちその成長を見ていると、もっと甘えさせてあげたいと思う。
どんなに子どもの要望を聞いても、それでも、足りない。
子どもは、もっと、もっと、もっとほしい。
足りなくてもほしい。
すこしもらえると、余計に欲しくなる。
それが愛情だ。

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2006年10月12日 (木曜日)

母性と父性

施設に暮らす子どものインタビューをした。

親元から離れて暮らすとき、母性や父性をどう考えらいいのだろうか。

母性については、様々に検討され。養護実践のなかで検討されているようだが、父性についてはあまり問題にされていないように感じる。

父子家庭の子どもも多く(母子家庭の場合は、別の施設で暮らすこともあり、また、母子単独の世帯で暮らす場合もある)、外出したときに父親との交流をもっているようだ。

子どもの成長に合わせて、母的、父的な役割が必要であることは誰もが認めることである。

このバランスと役割は家庭で暮らす場合もかなり難しい。

以前、家庭で不登校の子どもも施設に来ると登校すると言われていた。家庭の中で親子の不均衡な関係・バランスを施設では調整できるからだろうか。

子どもと話をしていて、自立するためには父性が大きく関わってくると感じた。

自立するとは、もがき苦しむ作業である。その時、彼ら、彼女らは大人に反発し、反抗し、自分にに対する内面の葛藤を経験する。

そうした複雑で、難しい経験は家庭でも上手くいかない。それが、施設でできるのだろうか。また、施設の方が上手くいくのだろか。

その前に、十分に甘える時期を経験しているのだろうか。

施設は機能を備えているかもしれないが、人間の心の成長に関する研究はそれほど進んでいないと感じた。

厳しさと受容という、相容れないものを子どもたちに与えることは可能か。

それも一貫して、バランスを持って。

自分の子どもさえ上手く成長させることが難しいと感じる。

子どもは成長させるものではなく、自ら成長する存在。大人がしてあげられることは、じっと見守ることなんだろう。しかし、それがかなり難しいんだよね。

どんなに素晴らしい施設に暮らす子どもも、親の話をするときには目が少し輝く。

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2006年9月26日 (火曜日)

足は心のように動く

知的障害を持った人の気持ちを理解することは難しい。

先日、知的障害を持った人が暮らす施設に行き、利用者調査をした。

「食事はおいしいですか」

「はい」

「食事は美味しくないですか」

「はい」

この場合食事とは何をさすのであろうか。僕達は何気なく美味しいとか、美味しくないとかいっているのは、食事全体をイメージし、それ以外と比較して使っている。

「最近御飯がまずくなったね」とは、調理の方法が変わり(調理人が変わり)前の味に慣れているのでちょっとまずく感じるといったことであったりする。

こうした食事という全体のイメージから答えるを引き出すためには、脳が大変に難しい作業をしているのであろう。

昨日食べた、カレーは旨かった。その前の天ぷらはまあまあ、その前のすき焼きはいまひとつ、その前の餃子はまずい・・・という情報をまとめて、いらないものを消して、相手が求める質問の答えとして、「はい、おいしいです」と言っている。

しかし、知的障害を持った人にとって、それらを纏めることがとても難しい。

「カレーは好き」と個別の質問には答えられるかも知れないが、食事というイメージ全体に答えることは大変に難しい。

そう考えると、僕達がいかにいい加減に質問に答えているか分かる。よーく考えると答えられなくなるところを、その場の雰囲気で答えを出している。

妻に、「今日の料理はどうだった」と聞かれたときは、すぐに「美味しかった」と答えるが、あんまり早く答えすぎると「嘘くさく」なる。

かといって、考えていると余計に気まずい雰囲気になる。

すると、僕の足が微妙に動く。

それを見た妻は、「まあいいのよ、答えなくても」という。

どうやら、妻は足の動きから、僕の気持ちをつかんだようだ。

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2006年9月16日 (土曜日)

その価値は何で測るの

経費削減のために、都立施設を民間委託したA施設に行った。

民間にできることを行政が税金を使ってすることはないという理屈が、いつの間にか当たり前のように語られる。

独占した市場を民営化という競争原理により安価で質の高いサービスを実施するとことが、都民のニーズに叶うという。

民営化した一番の影響は、職員の人件費をカットだ。それが目的であるから、安い給与の職員を集める。当然、若く経験のない職員が大多数になる。

都は、委託評価の中で、「優秀な法人であり、職員研修にも力を入れ、これからが期待される」と褒め言葉を並べているがどこかうそ臭い。

安く有能な人材は集まるのか。

集まるわけがない。

もし、有能な人材ならそれなりの高給を与えるべきである。

一方で、都の幹部職員は高給取りである。なぜなら、優秀な人材だからだ。

都は、オリンピックの日本候補地になった。必要だと考えるところにはお金を出す。

民間にできることは・・・とは、政府や行政が都合よくお金を使うための方便になっている。福祉は、お金を使う価値がないと考えているから、切り捨てようとしている。

でも、考えてください。オリンピックを成功させる国よりも、弱者といわれる小さな市民を大切にする国の方が世界から信頼されるということを。

大事な仕事を政府や行政が手がけるというのなら、福祉にたっぷりとお金をかけるべきです。効率の悪い仕事こそ大事にしてほしい。市場の価値では測れない価値がある所には、市場のルール以外のルールを適用させてほしい。

安く良いサービスはできない。

専門性とは、それなりの社会的な評価(経済的評価も)を得ないと成熟しない。しっかりと評価されない職員はすぐ替わり、また、新しく安い職員が入ってくるだけ。

国家の仕事は、日本の理念を示すこと。一番弱い人を大切にしない国家は、国民を大事にしていると言えるでしょうか。

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2006年8月11日 (金曜日)

詰めは大切

午前中はサービス情報の公表事業、午後は、第三者評価の講評作成をした。

第三者評価の作成は結構ハードである。

250字程度のコメント(評価)を、24本書かねばならない。字数にすると6000字となる。原稿用紙で15枚。

そういえば、原稿用紙というものを見なくなった。

下書きに時点で、15枚以上は書いている。入らないものを削除したり、前後のバランスから拙いものを取りさる。

そうした下書きを持ち寄り合議する。ここで、ダメダシが出るともう一度書き直しとなる。

さらに、原稿用紙じゃなく、パソコンに向かいパチパチと修正。できあがると、最初とは全く違うコメントになっていたりする。

こうして出来上がったものを、第三者がチェックする。

結構ハードでしょ。

それも、半日で書き上げるペースで行う。これが毎月繰り返される。

こうした作業は力になると信じている。少しは文章力がつくんじゃないかと思っている。

しかし、癖はなかなか抜けないもので、同じようなところで失敗する。

僕の場合は、詰めがあまい。

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2006年7月24日 (月曜日)

介護サービス情報

介護サービス情報の公表事業は順調に進んでいる。

7月に入り、特養と特養に付属する事業所の情報確認が進んでいる。

多くの特養は併設のデイサービスセンター、訪問介護、居宅介護支援、訪問看護等事業所を持っている。調査についても、同時に行うことで事業所の負担を軽減することになっている。

集計や報告の関係で、殆どの施設の情報確認が終わり、様々な意見が聞かれている。

確認作業を受ける施設は準備や受け入れが大変であるが、その大変さの中でもプラスに考えるたくましい施設があることを嬉しく感じている。

調査員は、主観を入れずに、全国統一の基準に従って確認を行っている。問題も多くあると感じるが、全ての事業所の情報がインターネットで掲示されてから議論を深めてもいいのではないかと思う。

前にも書いたが、東京のどこに行っても福祉施設があることに驚く。それに、施設はどこも大きい。箱物とはよく言ったのもで、それから見ると大きな箱があちこちに散らばっているように見えるのだろう。

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2006年6月16日 (金曜日)

研修が終わって

介護サービス情報の公表制度研修が終了した。

日本人の忍耐強さを改めて感じる研修だった。といえばどんな研修か想像できるだろう。

これで、7月から、居宅系サービス事業者(訪問介護・訪問入浴・訪問看護・通所介護・福祉用具貸与・居宅介護支援)6事業所と、施設系(特定施設入所者生活介護・介護老人施設・介護老人保健施設)3事業所に調査が出来る。

調査員は何をするのか。介護保険サービス事業所が回答した調査票のうち、「できている」と回答した項目について、その根拠を確認することが仕事だ。

つまり、「できてません」と回答した項目については、何もしないでいい。また、「出来ている」といえば、それが、例え「これは出来てないでしょ」と思ったとしても、「出来ている」ということでチェックする仕組みになっている。回答の責任は事業所にあり、どんな回答をしたとしても「書いた人の責任だよ」というスタンスだ。

これは、サービス情報の調査を全国統一で実施するには、ハードルを低くして均質な調査をする必要があり、費用も安いからしょうがない。(施設にとっては高いし、義務だから拒否できないという事情がある)

調査内容にはいろいろ問題がある。問題があるのは分かっている。分かっているが全国統一で、全国隅々のの事業所の調査をして、すぐにインターネットにアップするところが日本の凄いところ。(平成17年度の介護サービス事業所は14万と云われている)

一つのお金がかかった物差しと思えばいいんじゃないかなと感じている。あまりむきになって今からマニュアルを作ってもしょうがないですよ。

ちなみに、7月は5事業所の調査に行く予定だ。

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2006年4月26日 (水曜日)

利用者と職員の関係

福祉の職員と利用者は同じよな感情を内在している。

利用者とは、子どもや母親(父親)などを想定している。

利用者は、自らの境遇、生活、体力、病気、生い立ち、家族環境、などなどを共感して欲しいと願う。とくに、福祉の人は、自分達の気持ちが分かって当たり前と強い期待を持つ。もし、気持ちに添った答えが返ってこないようなら、「冷たい」「やさしくない」など、失望感は大きい。

それでいて、自立して人の世話にならずに生きて生きたい。そのために、何かしてくれる、助けてくれるのが施設のスタッグだと信じている。自分の能力や、体力、環境にはかまわず、自立したときを夢見て要望を投げかけてくる。

一方、施設の職員も同じような感情を抱いている。

自分の中に自立できないものを内在しながら、他人の自立を促すことに対する矛盾をいつも持っている。自覚している職員はいいが、自覚の無いまま、ジレンマに苦しむ職員もいる。

それぞれが、自らの課題を自覚して、課題が見えるときに支援体制が構築される。それぞれがお互いに影響を与え、お互いを制約している。

利用者が職員の指導に乗ったときに自立が図れるのではない。利用者に自分を受け入れるだけの準備が整い、職員が自分に依存と自立の課題の整理が出来たとき。お互いの準備が出来たとき、はじめて、利用者の自立が進む。

そうななんだよね。片方だけの働きかけだけでは人間関係は作れない。しかし、そのことを忘れてしまうようなところが、利用者と職員の関係にはおきやすいんだよね。

ということを、今日の施設報告会で話そうと考えています。

では行ってきます。

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2006年3月27日 (月曜日)

共通感情

第三者評価のフィードバックに行った。

何かを伝えるのは難しい。書くもの難しいが、書いたものを伝えることはもっと難しい。

評価は、相手の良し悪しを見つけることではない。よし所も、悪い所も、ほとんどの場合は分かっている。分かっていてもできないことって沢山ある。

しかし、きっかけがあればできることはある。そのきっかけになればいいと思う。

そんな文章を書きたい。

しかし、言葉で伝えると別のものになる。これは面白い。書いてあることと、喋っていることが違うことがある。違うことが多い場合もある。

文章にはできなかったことを喋る。影響を考えて書けなかったこともある。それ以上に、文章にはできないニュアンスを伝えたい場合がある。

そう、相互にある感情を共有できるような、共通の感覚をつかめるとフィードバックは旨くいく。なんとなく、言っていることが同じことだと感じられると。終わってから、「よかった」と感じられる。

それが共通感情というものなのだろうか。

相手が感じていないことを伝えることはできないのだろうと思う。

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2006年3月21日 (火曜日)

判断根拠は明らかに

第三者評価者として施設評価をしていて一番の収穫は、根拠を明らかにすることを学んだことだ。

良しと評価した根拠はなにか。課題と指摘した根拠はどこか。その根拠が明確でないと、評価された者は納得しない。納得できるような表現と、納得できる理由が必要になる。

これは、成年後見の事務にも言える。

被後見人は、判断能力が不十分である。その時、被後見人ならどう考えるか、なんとなくではなく、判断の根拠を明確にする必要がある。そのためにすることは判断するための充分な情報を集める作業だ。情報を集め分析し、それから判断する。そうしたプロセスが重要であり、情報収集から整理・分析・判断のプロセスが、後見事務の大半であると言ってもいい。

プロセスと言えば、ケアマネのプロセスを重要視しない行政指導には腹が立つ。結果として、書類のあるなし、確認印のあるなし、記録のあるなしばかりを問題にする。問題にするだけでなく返金を求める。

しつこいくらいに書いているが、行政の責任は、市民が平等・公平・必要充分なサービスを受けられるように、事業者を指導することだということを認識して欲しい。

しかし、行政に負けないためにも、判断の根拠を明確にすることが求められる。プロセスを記録することが必要である。

とにかく、やったことは書きましょう。

追記)今、ケアマネから相談があった。新予防給付の利用者を地域包括支援センター(予定)にお願いしに行ったら、「新しいケアマネを決めてから相談に来て欲しい」と言われたという。

新予防給付は、自治体の事業であり、地域包括支援センターが行なう業務である。それを、地域の事業所に肩代わりさせようとするやり方が間違っているにも関わらず、自らの業務を放棄するような支援センターは問題である。

なんでもかんでも、民間に任せようとするやり方には無理が出ていることに気づかないのか、気づいていても知らないふりをしているのかね。

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2006年2月24日 (金曜日)

スーパーバイザー

第三者評価には、施設のスーパービジョン体制を問う項目がある。

社会福祉職は対人援助の仕事である。それは、利用者間の人間関係に留まらず、職員間の人間関係や、援助関係に於いても大きな問題だ。

対人援助をしていて迷う事がある。判断できない状況もある。むしろ、判断できないことの方が多いのかもしれない。

それをゆらぎと呼ぶこともあり、援助者は絶えずゆらぎながら、援助をしているのだろう。ゆらぐことや、迷うことは悪いことではない。むしろ、迷わずに決定したり、断定することを怖さを感じる。

そうした、援助者のゆらぎや迷いを整理し、方向性を確認し、支持する機能がスーパーバイザー機能だ。

利用者を支援する職員を支援するスーパーバイザーのもう一つの役割は、職員の決定についても責任を持つことだ。組織の中で職員がその力を充分に発揮できるためには、施設のバックアップが必要であり、施設全体で職員を支えていく体制が、スーパーバイズ機能だと思う。

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2006年2月10日 (金曜日)

素直が一番

京子さんと仕事をしている。

(京子さんのことは以前に書いたので、読んでください。)

とにかく、京子さんと仕事をしている。

京子さんは、「子が付く名前で呼ばないでよ。あたしは、もっとしゃれている女なのよ」というが、やはり、京子さんという名前が一番に合っていると思う。

第三者評価者として評価結果を合議した。

京子さんは、僕の評価結果に馬目出しを連発する。

「「しかし」がいけないね」と、

「同じ言葉が重なっているね」と、

もっと、「プラスに物事を見ないといけないね」と。

もっともなご意見である。

横で、評価者の義男さん(仮名)が、「休憩してチョコ食べない」と、チョコレートを出した。京子さんが嬉しそうに、答えた。

「ありがとう、義男さんはいつも気が利くのね」といった。

やられたと思った。京子さんには、ものをあげないといけないことを忘れていた。

それから、京子さんは、美味しそうにチョコレートを3個口に運び、義男さんと友達のように話をしていた。

僕は、ひとりで、文章を直した。

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2006年1月25日 (水曜日)

正しいインタビューとは

東京都福祉サ-ビス第三者評価事業は、福祉施設を訪問調査し、評価結果をインターネットで公表する。

初めに施設を訪問し、施設利用者から直に意見を伺う。その後、評価委員が事前の打ち合わせを行い合議をする。その際、次回の訪問調査時に、どのポイントでインタビューするかを確認する。

評価の基準や項目は決まっており、一定の水準が確保できるようになっているが、訪問調査時に何を質問するかは、評価者に任されている所が大きい。

ボイントを絞って質問をしないと、短時間に施設を理解することが難しくなり、評価の内容にも影響が生じる。この質問が難しい。

初めての評価の時、自分の質問をテープに録ってみた。

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2006年1月12日 (木曜日)

つかみは大事

第三者評価者は施設に行き職員に説明する仕事がある。

施設の職員からすると、どんなことを言うのか、「お手なみ拝見」と言う顔で迎えてくれる。

その時に、相手の予想を裏切るような切り出しをすると、場の雰囲気を掴むことができる。時間が限られている状況では、相手の要求に応えながら、こちらの話しを伝える必要がある。

つかみは大切であり、お笑いだけでなく、福祉の世界にとってもっとも重要なもののひとつだと思うなだけど。共感する人はいませんか。

在宅の高齢者を訪問するとき、やはり相手は緊張している。「この人は本当に大丈夫だろうかという顔をしている。だましはしないかと見張っている。ゴムひもでも押し付けるのではないかと疑っている」。そのときに、相手の緊張をほぐすことが求められる。

その時、先ず、話しを聞く事が大事だと感じる。とりあえず、聴きますよという顔をする。吸い込まれるような目をする。うっとりとうなずく。(決して、押し売りの手ほどきをしているわけではない)

その間に作戦の立て直しができる。ここが大事で、いつのも様に行くかどうかは、相手の気配を感じること、雰囲気をつかむことから始まる。それには相手に話をしてもらうことで、調整する。

この微調整が大事で、相手の要求にあった話しになるかどうかの分かれ目のような気がする。

一息つくとは、こういうことか。

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2006年1月10日 (火曜日)

福祉的理念

昨年、経営講座にでた。

経営でもっとも大切なことは、理念を明確にして、目標を共有することだと講師から教わった。社会のニードにあった理念を作り、それが明確であれば、物は売れると言う。

企業にとって事業を拡大して、富を産み出すことが、目標だ。

さて、福祉分野ではどうだろう。

たしかに、事業を拡大して、施設を増やしているところもある。しかし、多くの施設は、今いる利用者の福祉のために、現状を維持するだけで精一杯だろう。

こうした現実の中で、福祉的理念や目標をどう持ったらいいのか。

経営的には、何らかの手を打たないと、事業は縮小するような時代である。

その土地その土地で支持されながら、永く存続している施設もある。その一方、経営者が替わり、事業そのものが変わってしまう場合がある。

その違いはどこにあるのだろう。

福祉的理念があってもいいのではないだろうか。

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2006年1月 9日 (月曜日)

評価者もまた評価される

福祉サービス第三者評価事業の評価者をしている。

福祉施設から資料の提出を受け、読み込み、利用者調査、施設訪問、聞き取り調査等により評価をする事業です。

2回、3回の訪問や書類の確認で施設を評価することができるのか。できるかどうかではなく、一定の時間の間にしなければならないのです。

まず、書類は、何百ページ。多い施設では厚さが10cm、20cmと厚くなります。それに、評価の基準に基づいて書き上げられた分析シートが、組織マネジメントシート、サービス分析シート、事業プロフィルなどが50ページ余り。利用者調査の報告書、職員調査の報告者などなど。

これらを読み込み、さらに、直接経営やサービスに携わっているスタッフ、管理者から話を聞くわけです。

初めて会う人にいろいろ質問することが、これまた難しい。

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