2019年6月24日 (月曜日)

ギャップイヤー

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ギャップイヤーとは、人生の中で次のステップに行く前に自分を見つめる時間のことのようだ。

よく使われるのは、大学卒業後、社会に出る前に1年ほど放浪するとか、自分探しをするとか。

(自分探しに関しては、そんなものはないというのが、僕の持論)

そうした時間が大切だと考えるデンマークでは、フォルケホイスコーレがその役割を担っている。学生時代に将来を考える時間、会社を辞めもう一度進路を考える時間、離婚をし今後の人生を考える時間、仕事に疲れ休職する時間、ダイエットのため痩せる時間、趣味を極めるための時間などなど、人生の中の1週間、1ヶ月、半年、1年をそんな時間に当ててもいいと考える。そうじゃなくても6週間ほどのバカンスに行く国である、人生を考える時間のなんと多いことか。幸福はやってくるのではなく、自分で作り出すものなのだろう。

そんなに休めないよ、自分がいなくなったら困る人がいるじゃないと思うかもしれない。しかし、僕らがいなくなっても地球は周り、会社は動く。

それに、しっかりと休み、リフレッシュすることが社会にとって大きな意味があることをデンマーク人は知っている。それが、合理的なシステムなのだ。

僕の主催するデンマークスタディーツアは、僕らにとってのギャップウィークである。そう、あなたの人生をもう一度考える豊かな時間が、あなたとあなたの周りの人を幸せにします。というコピーにしようかな。

ギャップとは、穴なのかもしれない。穴を埋めないと、何かがそこに入り込み、取り返しのきかないことになるかもしれない。穴は小さいうちに埋めましょう。

 

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2019年4月 4日 (木曜日)

お金を使う国になるには、どうしたらいいか

イギリスも、ドイツも、もちろんデンマークの人もそれほど貯蓄をしない。

イギリス人で貯蓄額が140万円未満の割合が40%だという数字があるらしい。

その点、日本では、年金では生活できないからと貯蓄をしているかといえば、そうではない。

2000年頃から貯蓄率はどんどん下がり、OECD38カ国中、下から十番という低い位置に落ちている。

貯蓄率の低下は、高齢化が関係している。高齢者が増え、貯蓄を切り崩して生活している。そして、労働環境の変化。非正規社員では貯蓄なんかとんでもないのが現状だ。つまり、戦後最大の好景気と誰かが言ってるが、貯蓄もできない時代になっているのだ。もちろん、社会システムが大きく影響している。

では、ヨーロッパ並みに貯蓄が減り幸せになったのだろうか?

ヨーロッパの人は、貯蓄よりはバカンス。仕事よりは、老後の楽しみを優先する。できるだけ早く退職して、その後の人生を楽しむ。それでも幸せなのは、国が生活の面倒を見るからである。(日本では、年金受取り年齢の引き下げを検討している)

一定以上の貯蓄をすると課税される国さえある。金を貯めるより、生活を楽しめ、あとの面倒みる政府がいる。

ヨーロッパも、いろいろな問題があり、大変そうである。それでも、生活を第一に人生を楽しんでいる。

一方、日本は平和で、なんでもあって、幸せだと宣伝している。

そうなのか?

安全は?原発事故の処理さえできず、次の地震で発電所がどうなうのかさえも分からない国である。隣の国と対等に交渉さえできず、国防費を増やすことで、危機を高めている国である。

幸せについても、若い人、一部のエリート、優良企業にとっては幸せな国であるが、弱い人、子ども、老人には厳しい国である。

未来の話をする前に、そろそろ過去の総括をして、どんな国にしたいのかを話し合った方がいい。

貯金を切る崩さなくてもいい国が、幸せな国だと思う。

お金は、貯めるものではなく、使うものだ。

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2019年2月16日 (土曜日)

私たちは、幸せなのだろうか?

京都でノーマライゼーションを実現する社会を作りたい人たちの集まりに参加する。ミケルセンに学んだ千葉さんの話を聞く。

千葉さんとの出会いは、20年ほど前になる。
デンマークの福祉の話を嬉しそうに話していたし、今日も変わらず、教育が社会の基礎を作るという話をしている。
変わらないということは、理念が一貫しているということでもある。
その、デンマークのスタディーツアーを始めて2年目。今回の参加者が13名となる。現地集合という条件を出し、事前研修を行い、基本的な知識を身につける条件で人集めをしている研修にこれだけの人が集まることに感謝する。
人が人とつなぎ、そこに何かを感じ、新しい出会いが生まれる。
これはやめられそうにない。
千葉さんが聞く。あなたは幸せか?また、日本をどうしたら幸せの国にできるのか?
僕たちは、幸せについて多く語ってこなかった。
それは、国家にとって国民の幸せが重要な課題でなかったからだろう。
教育は、国家にとって有益な人を育てることが使命であり、人の幸せを追求することが命題にはなっていなかった。
学校で、幸せのことを習わなかったし、神の概念を習わなかった。
生きる上で大事なことを語ってこなかった。
僕たちの幸せはどこにあるのだろう?
もっと、幸せについて語りたい。それも、世界一幸せな国で。

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2019年2月13日 (水曜日)

書けない

今年に入って2回目の投稿。

毎日忙しいわけでもなく。
時間を無駄にしているのにも関わらず、落ち着かない。
この気分は人生の折り返しを過ぎ、かなりの時間がたった事によるものかもしれない。
時間感覚は、それまで過ごしてきた分で決まる。10代では、それまでの時間が短く、一日が長い。それに比べ、50を超えた頃から、これまでの時間がこれからの時間より長くなる。つまりは、人生の先が見えてくる。
その短い時間を有効に過ごせない。何も手につかない。という気分に襲われる。
そこで、今まで放っておいたことを始める。今まで、参加を躊躇してきた団体に加わる。行きたかった所に行く。会いたい人に合う。
と、考えているのが病院である。
検査入院でも、病院は身体を蝕む。
生きるということを考える場所が、病院というパラドックス。

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2018年12月15日 (土曜日)

1年を振り返る

1月2月、うーん平凡な毎日を過ごす。

3月伊豆物件調査など、後見業務
4月5月 イタリア映画をたくさん見る。
6月デンマークに行く。第一回スタデーツアーは成功する。
7月沖縄でダイビング。
8月家族療法学会、東先生の感謝療法に出会う。
9月妻入院
10月沖縄でダイビング
11月イタリアへ親子旅
12月平凡な毎日
普通の1年でした。

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2018年8月28日 (火曜日)

デンマークスタディーツアー

2019年のスタディーツアーに向け、2回の説明会兼研修を開催することができた。
申し込みも順調に進み、現在12名が参加予定。嬉しい限りです。
来週も説明会を行い、これで参加者が決定します。今年、参加できなかった方、来年行きましょう。

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2018年7月 2日 (月曜日)

デンマーク研修報告1

デンマークの小学校を訪問した。小学校は、0年生から10年生まである。学校は、子どもが社会の一員として社会に溶け込め税金を納めて社会人として権利と義務を果たすことを目的としている。そして、人生を楽しむための教育を受ける。0年生は、小学校1年生になるための準備の年、訪問した学校にはその前の学年、多分5歳の子どもがいた。つまりマイナス1年生。ちなみに、10年生は、9年生で社会に出るのに少し時間が必要な子どもが通う。この学校に10年生はいたのかどうかは分からない。目的のために制度を工夫するのがデンマーク風である。この辺りは学校毎、地域毎の裁量があるのだろう。

 校門はない。学校らしさもない。学校らしさとは、ステレオタイプのイメージである。僕たちが感じる「らしさ」を壊す様々な出来事に出会うことになる。

小学校の基本理念は、自由と規律のようだった。

学校のリーダーはもちろん校長先生。しかし校長生成は、ジーンズを履き、若々しい中年だった。楽しそうにクラスを周り、出会う子ども全てに声をかける。名前を呼び、冗談を行ったり注意をしたり。100名以上の全生徒の名前を知り、子どもからの信頼が厚い。

 授業は、小さなグループで行われ、そのグループを二つに分けることもある。pciPadを使い、電子黒板を活用している。一見、授業をしているのか遊んでいるのか分からない。授業には規律も必要だが、それ以上に効率的であることが優先するように感じる。インターネット環境がいいし、なんでも使えるものは活用するのがデンマーク流であるようだ。

 学校の大きな役割として、子どもの自発性、自立性を伸ばすことに力を入れている。18歳で家を出て、社会の一員として自立するデンマークでは、子どものうちから、自分で考える準備をしているように見える。自主・独立は、教育の中心的な目的であることはどこの国も同じだと思うが、国の制度が、この理念と一致しているのが日本と大きく違うのだろう。理念が立派でも、制度やシステムがそれに合わないのでは何にもならない。自立的に物事を考え行動すると住みにくい社会は、社会を変えるべきでるかもね。

 

 

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2018年4月27日 (金曜日)

ソバ

女がソバを食べている。
別に男だっていいのだが、たまたま女だった。
多分女だと思う。絶対にと言われると分からないが、横に赤ん坊が座っている。
僕との距離は1メートルぐらい。二人の間には低い壁があり、草が生えている。多分造花。本物なら、虫がわくだろう。
彼女はソバを食べている。麺類だ。その麺を右手で空中に上げる。それが美しい。空中にあげた麺を暫く眺め、うっとりする。
麺は、箸に挟まれ嬉しそうに水を垂らしている。
赤ん坊は何も言わない、何も食べない。
それでいて、口には運ばない。麺は何度も、ツユと空中を行き交い、弄ばれている。
僕がそこに行って、私が代わって食べましょうかと、言いたい。
もしかしたら、筋トレなのだろうか?
最近、様々なトレーニングが流行っている。右手のストレッチとして、ソバの重さを利用して二の腕の外側を伸ばす運動なのか。
そんな事思いながら、コーヒーを飲んでいると楽しい。

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2018年2月22日 (木曜日)

エアギターはしんどい

京都にエアギターを売っている店がある。
そこに行くと、店主が大事そうにギターを抱え出てきた。
え、いやっしゃい。
う、ギターが欲しいんですが、と僕。
どんな感じのと、店主。
カッコイイのと僕。
じゃあと、手持ちのギターを差し出す。
それを受け取り、アンプに通し、大音量で演奏する僕。
どうだい?と店主。
うーん、低音がいいね、と僕。
そうだろと店主。
それじゃあと、演奏を再び開始し、少し調子に乗る僕。
それくらいでいいんじゃないという顔をする店主。
その雰囲気を感じて演奏をやめ、アンプからプラグを抜く真似をして
汗を拭く 僕。

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2018年1月20日 (土曜日)

歳を取っても苦労がなくならない人生って

色々やってくれる人がいる。

色々やるから、色々と後始末が必要になる。
人のことは分からないし、変えられないと知っていても、ほっておくこともできない。どうしてと聞かれても、答えようがない。
プールで泳ぎながら妄想した。
しかし、いい案が浮かばない、僕は浮かんでいた。
苦労は人を幸せにはしないが、人生を楽しむ方法を教えてくれる。
楽をせず、もっと生きろを教えてくれる。

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