ナラティヴ実践地図 2009年マイケル・ホワイト 小森・奥野訳 金剛出版
問題の外在化
多くの人にとって問題は、「自己ないし他者の自己に内在する」と信じられてきた。
その問題を外在化=自己の外に出すことにより、内的理解の解毒剤となる。
ADHDと診断されたジェフリーとホワイトの会話が楽しい。
ジェフリーの世界にホワイトが入っていく。それは、ホワイトの世界=物語なのかもしれないし、ジェフリーの隠された世界なのかも知れない。
「君のADHDは何色?」と聞く。
その質問はジェフリーには届かない。
しかし、ホワイトが今まで出会ってきた大人でないことがジェフリーには伝わっている。
「君には弟がいるだろう?」
「クリスチャンだよ」
ジェフリーが反応する。
「君のADHDにも双子がいてね、そっちに会ったんだよ。2.3週間前に」と、物語は始まる。
もう、ADHDはジェフリーの内的な問題ではなく、ADHDという人格をもった存在となった。そのADHDが次第に様々な行動を起す。
そうすると、ジェフリーはADHDを客観的に観察し、自由に物語を書き換えはじめる。
私たちは頭が痛いとか、肩や腰が痛いとかいう。
ココにも、問題の内在化がある。
頭や肩や腰は決して痛がったりしない。私たちが痛いと感じようにしている。
脳は、なくなった手足でさえも、痒かったり、痛がったりする。
それがないにも関わらず、痛みを感じる。
問題は、むしろ私たち自身の感じ方、認知の仕方にあるのかもしれない。
リ・メンバリングとは、メンバーから外れた人を再びメンバーに戻す作業だと思う。
いなくなった人は存在が消えたのではなく、「いない」と感じる私の認知が問題を生み出す。いなくなった人も、物語の一部として私たちと同時代を生きている。
今、この時間も、隣に座っている。
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