朝から真夏の日差しである。ことしはじめの蝉が鳴き始めた。蝉も、ウグイスのように、鳴き方が下手で、ミーミー頼りない声だ。
声といえば、昨夜は、電話相談のブースに座っていた。
電話は途切れるとこがなく、受話器を置いた瞬間に、「こっちの声を聞いとくれ」と呼ばれる。
相談電話の面白いところは(普通の電話と違うところかな)、時候の挨拶などの無駄な話がなく、いきなり本題に入ることだ。
「寂しいんです」と突然話される。また、「昨日、夫に暴力を振るわれました」と訴えられる。「いま食事を済ませとところです」と報告される。
なにが普通かは難しいけれど、電話に出た瞬間に、そんなことを言われる電話も少ないと思う。こちらも慣れているから、すぐに話題に参加する。
「あなたはいくつですか」なんて野暮なことは聞かない。細かいことは聞かずに話題に入る。初めて電話で話した人でも、何十年の友達のように話を聞く。同意を求められれば、「まったくそうですよね」と大きく頷く。
相手も、友達のようにこちらを心配してくれる。
「こんなに遅くまで働いていて、家は大丈夫なの」と、家族のことや健康のことを気に掛けてくれる。「雨が降っているけど、傘は持ってきたの」と、母親のように心配してくれる。「今日は元気がないけどどうかしたの」と、相談員の相談に乗ってくれる。
ある年の大晦日、相談のブースに座っていたらいつものように電話が鳴る。
「こんな年末まで大変ね。今日ぐらい休んでいいのにね」という。
「電話を掛けてくる人がいますから」と言うと、「そうね、あたしが電話を掛けているから帰れないわよね」と笑う。
「大晦日なんだから、家でゆっくりコタツに入って、お酒でも飲みたいでしょ。ビールでも飲んでるんでしょ」と揺さぶりを掛けてくる。
「一人じゃ寂しいでしょうから、紅白でも見てるの」と聞かれたので、
「ここにはテレビがない」と答える。
「じゃあ」と言うなり、声が聞こえなくなってしまう。
すると、テレビの音が遠くから聞こえてくる。北島三郎が歌っている。
電話の向こうで北島三郎が紙ふぶきの中、熱唱している。
受話器の向こうのテレビから、僕は紅白を聞いた。
こんな素敵な紅白歌合戦は初めてだった。
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