2015年3月20日 (金曜日)

130の壁

どうも、血圧を保ち、脈拍を130以上にあげることのない生活を送らなければならないようだ。

という事がわかってきた。

疲れやすいのは、疲れない生活を送れということであり、身体の声を聞きながら、ぐうたら生きろと言っている。

普段グズに生きているのに、いざ、静かにしろと言われると、結構きびしい。

それでも、受け入れるしかないよね。

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2013年4月19日 (金曜日)

今どこにいるのだろう

小田急線の各駅停車に乗って、新宿に着くまで多崎つくるとの旅をした。

もちろん左手にはタグホイヤーをはめて。

村上さんが大好きで論文を書いた女の子のことを思い出した。彼女はノルウェーに行くと言っていたが、フィンランドの近くだろうか。近いけどちょっと違うかもしれない。

でも、きっと薄明かりの中で同じページをめくっているだろう。

古い友達に会うと云えば、先月、何十年ぶりに古い友達に会った。その人を友達を呼んでいいものか分からないけれど、懐かしかった。

何十年かの時間が二人の間を過ぎていっているのに、きれいな眼を見た瞬間に二人で歩いた公園を想いだした。

そして、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。

それは、夢のような出来事だった。それが、夢だったのかどうしても確かめたいと思った。

しかし、ビールを飲んでいるうちに消えてしまった。

僕の問いかけだけがテーブルに置き去りにされていた。

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2013年2月 9日 (土曜日)

足に言いたいこと

右足の膝の裏が重たい、痛い、だるい。

走ると足が重い。

まあ、走らなくてもいいけど。走りたい気分になる。

長い運転で、座り続けているので、エコノミー症候群か?または、足に血栓ができていて詰まっているのか?

ということで足に聞いてみた。

泳いでいる時は痛くない。

座って右足を下にして曲げているとしびれる。

長く歩くと足が重い。

見た目は変わらない。なかなかいい形をしている。

足には、もう少し頑張ってほしい。

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2012年12月16日 (日曜日)

生殖技術

柘植先生の「生殖技術」を読んでいる。


凄い時代に入ったもんだと思う。

再生医療が注目される時でもあり、人という細胞は、「生まれる」から「造られる」時代に入ったようだ。

見えないものは、想像したり夢見たりすることでそのイメージや概念をつくり、一定の倫理という枠で考えてきたが、時代は命を作りたがっているようである。

「できる」ということが分かってしまったとき、それは後戻りはできない。

それは、胎児診断でも同じように、学会でルールを作っても、「分かりたい」と願う人がいれば、それは「できる」。

それが生殖という子ども「産む」という行為でさえ、性行為を保なわないでも命は作れるということが「分かって」しまった。

そうなると、家族に対する概念も変わる。

どう変わるかは、時代が決めることであるが、すでに動き始めているのだろう。

これからは、子どもを産むとは言わず、人間を作るという時代が来るのか。

僕が一番驚いたのは、日本で「体外受精や顕微授精などの生殖補助医療で1年間に生まれる子どもは2万人を超え、1年間に誕生する子どもの2%を占める」という文である。

考えれば当然の数字であるが、それを考えてこなかった。考えると恐ろしいからである。

その恐怖は、あと数十年すれば、小学校のクラスには、人間から生まれた1年生と、試験管で生まれた1年生が半分ずつ机を並べるだろうというSFみたいな世界が来るからだ。

さらに、その時代では、生きている人間も、生まれた時から持っている臓器は半分が自分のもので、残りは再生された臓器であるなんてこともおこるだろう。

そうなると、人間とは何か?が問われる。

いや、今もそれは進行している。

僕の隣で食事をしている人は、果たして人間なのだろうか?

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2012年6月17日 (日曜日)

タケオ

ドラマータケオさんの物語を見て、その演奏を聴く。

タケオさんはダウン症候群という障害を持っている。障害を持っていることと音楽は関係があるかと言えば、この映画を見る限り、大きく関係しているように感じる。

タケオさんの性格もあるだろうが、タケオさんにしかできないコミュニケーションの取り方があり、そればアフリカンドラムには大切なタレントである。

タケオはダカールに行き、現地の人とのセッションをする。その時、その力を強く感じる。

彼以外の日本人は自分の中のバランスを大切にするため、それぞれの個性が身体とココロで一体とならない。しかし、タケオさんのセッションは、現地の空気感と一体となって溶け込み、彼らとの相互作用が起こっている。

これは、アフリカの人が音楽に込めた苦しみや楽しみが深いためだと感じる。その深いところで彼らは共振する。

それは、残念ながらタケオと日本人とのセッションでは感じられなかった。

この辺のリズムの高まりが面白く厳しいところなんだろう。

自分のリズムを探しなさい、と長老の**はいう。

その自分らしいリズムが響いてきたとき、それが私のリズムと共振したときに、変化が起きる。自分らしいリズムを感じるには私を揺さぶる個性のぶつかりが必要なんだろう。

また、タケオさんの抱える障害はコミュニケーションが苦手だと言われる。

コミュニケーションが何か具体的なものを伝えると考えた場合にはそうかもしれない。

しかし、コミュニケーションの80%以上は非言語的だと言われる。

そう考えるなら、タケオさんのコミュニケーションは、私たちの数倍も卓越している。

技術的にも高いものがある。

かれは、物事の本質を伝えることにかけては凄い技術をもっている。それは、普段私たちが、どうでもいいことばかり伝えようとしているかということでもある。

言葉は発した瞬間から意味を持つと同様、タケオさんの存在はそこにいることで明確な意味をもつ。

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2012年1月 7日 (土曜日)

朝に夕に体重計に乗る

先週から朝起きたときと、夕食後に体重を量り記録している。

すると前日の夜より数百グラム体重が減っている。

つまり、毎日上がって下がって上がって下がることの繰り返しである。

この下がり方は、新陳代謝である。それ程大きな差はない。差が出るのは上がり方の方だ。

ちょっと余計に食べるとぐっと上がる。一度大きく上がっても、小さく下がるだけだから、体重が増えているということになる。

しかし、本当に難しいのはダイエットより、毎日記録を付けることの方だ。

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2011年12月19日 (月曜日)

気を失いそうになる

立ち上がると、急に気を失いそうになった。

すぐにしゃがみこみ、じっと呼吸をする。

頭の中が白い霧のような風が吹く。

いつもなら、しばらくすると去っていくのに、今日は留まっている。

何とか家まで帰ろうとタクシーに乗り、変な汗をたっぷり流しながら、じっとしていた。

タクシーの運転手も、この寒いのにずいぶん汗をかく人だなあと思っているだろう。と、余計なことばかり考える。

玄関を開け、倒れこようにホットカーペットのうえに横になり、そのまま寝てしまう。

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2011年11月23日 (水曜日)

また閉じて・・・

足首から太ももまでをピタッとつけ、力を抜かないこと、これが意外と維持できない。

座るとき、背筋を伸ばし、同じ姿勢を維持すること、これも我慢できない。

歩くとき、歩幅を10センチ前に伸ばして歩き続けること、これがまたできない。

プールで、1000メートル泳ぐことはできる。

自転車で100キロ走ることもできる。

1000mの山に登ることもできる。

でも、いつもやっていることでできないことが多いね。

気持ちを引き締めるのは、まず、股を閉じることだと信じ、まず、一週間続けてみます。

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2011年9月19日 (月曜日)

かつて子どもだった頃を忘れないように本を読む

久しぶりの休み、午前中は第三者評価のレポートをまとめ、午後からNHKFMの山下達郎三昧を聞きながら本を読んでいる。

本箱の本をあさる。

70年代から90年代の本が多い。

まだ消費税がない時代。

それにしてもジャンルがいろいろ。

その中から、内藤濯氏を選択する。

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2011年7月13日 (水曜日)

歯磨きについて

うちの家族は歯磨きが長い。

歯磨き粉を洗面所でつけると、その場から離れる。

どうしてか洗面所では歯を磨かない。

どこに行くのかといえば、

台所だったり、居間だったり。テレビを見ながら、食事をとっている少年の前だったり、

時々、寝転んでいたり、お風呂に入っていたりと、さまざまである。

しかし、3人そろって磨くことはなく。

誰かが磨き、誰かがそれを眺めている。

人の歯磨きを眺めているとホッとする。なぜか、幸せな気分になる。

という訳で、一日のうち、3分×3人×2回は幸せな気分を味わえる。

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