僕たちは何を見ているのか
ロバート・カーソンさんの「Crashing Through-The extraordinary true story of the man who dared to see」邦訳「46年目の光」NTT出版を読んでいる。
3歳の時に事故にあい、失明したマイク・メイさんが46歳のとき幹細胞移植術を受けて目が見えるようになるというホントウの話である。
そのマイクさん、やることが凄い。
まだ、3分の1しか読んでいないが、すっかりマイクの虜になってしまった。目も開いていない。
マイクの信条は、
1、冒険すること。
2、好奇心を大切にすること。
3、転んだり、道に迷ったりすることを恐れない。
4、道はかならず開ける。
である。
マイクは、普通の学校に行き、普通に友達を遊ぶ。
目が見えないことを気にしないで走り回る。当然、あちこちにぶつかり、転び、怪我をする。しかし、好奇心の方を優先する。
スケボーに乗り、自転車に乗り、知らない町や、知らない外国に出かける。
もちろん、転がり、蹴飛ばされ、迷子になる。
しかし、冒険心を優先させる。
スキーを始めると、プロの選手が怖がる坂を猛スピードで下り、世界選手権で優勝する。
先日、50キロのスピードで坂を下り曲がりきれなかった僕は、自転車で転ぶことの恐ろしさを嫌というほど味わった。それも、見えているのに。
マイクの挑戦は留まることがない。前例がない、危険だという常套句を問題にせず、他の人にできないことが自分ができると相手を説得する。
その結果、大学で前例を作り、CIAに就職する。
また、女の子へのアプローチが楽しい。
経験の無さは、勇気と情熱と冒険心でカバーする。きっとチャーミングなんだろう。きれいな女の子が寄って来る。
目が見えないことを楽しんでいるマイク。
この後、どうなるのか楽しみだ。
※マイクが劇団に入り主役をもらう場面がいい。
演出家に、「困った顔をしてくれ」と言われる。
しかし、マイクには困った顔ができない。それで、演出家に顔をいじってもらい、表情を少しずつ変え、困った顔を作ってもらう。
表情というものは、相互に認知して作られるものなのだろうか。目が見えない人も困るし、困った顔をする。しかし、それを困った顔と認知されるには、もうひとつの段階が必要なのかも知れない。
つまり、目が見える人は、困った顔を見せるステップを踏んでいる。
表情は社会的なものであり、相手を意識して作られているのだろう。
さあ、続きを読もう。


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