2017年5月28日 (日曜日)

歌を歌いたくなる理由がわかる

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草間彌生展に行く。

クライアントの中に、歌を歌ってくれる人がいる。

携帯の留守番電話に、よく自作の歌が残っている。

草間さんの歌を聴きながら絵を見ていたら、その人の気持ちが少し分かってきた。

どうして歌を歌うのかではなく、歌わずにはいられないんだと気づいた。

それなら、僕もギターを片手に歌を返せばよかった。

コードはGにします。

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2017年3月30日 (木曜日)

手帳を買う

12月と3月に手帳を買う。
昨年は、スケジュール管理をpcでしていたので手帳を買わず、3月になり、やはり手書きがいいと思い立ち、4月始まりの手帳を買う。しかも二冊。
この繰り返しを毎年しているが、一向に決定的な方向性は決まらず。
忘れる事が怖いわ歳になったのだろうか。

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2016年10月21日 (金曜日)

誕生会

多分、それは、何十年ぶりの誕生会だったのだろう。
彼女は、恥ずかしそうにロウソクの火を消した。

グループホームには認知症の人が暮らしている。
認知症の人は認知症でない人と違うと思われている。さて、そうだろうか。みんなが、みんなと違うように、そこで暮らす人は色々な過去を持っている。

彼女だって、誕生日を祝ってもらった記憶はあるだろう。けれど、大人になり、ケーキのろうそくを消したり、名前の入ったケーキを食べる事は、初めてかもしれない。
僕だって、自分の名前の入ったケーキを食べたことがない。

そのことにスタッフは気づいていないだろう。たぶん。それは、誕生日会のプログラム的流れを見れば分かる。
しかし、こうした時間は生まれて初めてだし、皆に歌を歌って貰う、この時間は特別なのだ。

それは、いつも怒っている彼女の頬が少し緩んだことで分かる。
ハッピーバースデー

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2016年10月13日 (木曜日)

笑顔の向こう

私の人生はこれでいいと思っている人は少ない。それなのに、人にはそれなりに満足していると答える。
この差にあるのはなんだろう。
本当の自分に向き合うのは辛いものだ、ということもあるだろう。

その点あAさんはすごい。
自分の嫌なところも、政府の嫌なところもぶちまける。
満足しないことを生きがいにしている。
何かに怒りを感じる、それを口にできる、それを聞いてくれる人がいることで嬉しそうな顔をしている。

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2016年9月16日 (金曜日)

いつもズボンは履いてます

同じ洋服を着ていてもその場所で相応しかったり場違いだったりすることがある。
スーツを着ていない僕の仕事着は少し派手な感じである。それが地味な場所もあり、毎朝少し迷う。
先日も施設を評価する仕事をした。評価するなんて言うと硬い感じで、ちゃんとした人が来ると思っていたようで、派手なミニに 乗った軽い僕が降りてきたので安心しやようすだった。しかし、威厳がない、言葉が軽くなると言う弊害もあるので、ズボンを履いていった。

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2016年6月29日 (水曜日)

無題

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山本さんだ。
山本さんと6歳違いだと初めて知った。僕が24の時だから、山本さんは30か。その時すでにおじさんだった。貫禄があった。世界中を旅をし、いろいろな人に会い写真をたくさん見せてくれた。
得体の知れない雰囲気があった。それは今も変わらない。何を考えているのかわからない。
日本を捨てて、その時すでに8年が過ぎていたのか。
何も捨てられない僕は、何かを拾いにブリラムにいった。もちろん落ちているものは何もなく、山本さんに出会った。
それから10年が過ぎ、養護施設に勤め、研修という名目でカンチャナブリの子どもの村に行った。そこに山本さんがいると聞いていた。山本さんはいた、相変わらずよくわからない雰囲気を出し、意味を考えても無意味だよという顔をしていた。

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2016年4月27日 (水曜日)

ダッハウ強制収容所も

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ダッハウは、ミュンヘンの北西15キロにある。列車に乗れば、20分ぐらいである。
ナチスが作った収容所では最も古く、その後作られた強制収容所のモデルとなった言われている。
火薬工場の跡地に建設され、親衛隊(SS)の営舎として使われる予定があったようだ。

ここでは、超高度実験、人間がどれだけ低気圧に耐えられるか、や、冷却実験、冷たい海に落ちた時、凍死した人間が蘇生するかを人体実験した。もちろん多くの囚人がそれで亡くなったり障害を負った。

現在は、施設の一部をホームレスの保護施設に使用しているらしいが、多くはそのまま保存されている。
自らの民族の過ちを保存し、罪を背負って生きていこうとする覚悟を感じた。

また、ダッハウは静かなどこにでもある住宅地である。それだけに、恐ろしさを感じた。

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2015年11月30日 (月曜日)

養護施設の利用年利を引き上げることは良いことか

児童養護施設は児童福祉法で定められた収容施設である。
家庭的な課題により施設で生活することが必要な子どもが、3-18才まで利用(入所)できる。
児童福祉法ができたのは戦後であり、その法律が古くなっている。戦災孤児が多かった時代から、子どもの虐待が問題となる時代に変わり、中学卒業で就職していた時代から大学入学が当たり前の時代に変った。
現実的には18歳を超えても措置継続をしている施設も多く、20歳まで施設で過ごし、地域移行を進めている。
法律運用の多様性という意味から言えば歓迎されることかもしれないが、そもそも施設が必要なのかという論議がここでは欠如している。
日本の児童福祉が施設養護に偏っていないか。親子分離だけで問題が解決するだろうか?
もちろん、一時的に家庭に介入し、分離することが必要なケースが多いことも現実である。しかし、ことはその後である。
支援が必要な親への対応が殆ど行われていない。親支援、家族支援に対する予算はなく専門スタッフもいない。地域で家族を支援するシステムも整えないまま、収容施設という囲い込みで問題を見えにようにしている。
問題を隠すことが上手になってる政府である。

もう30年前であるが、オーストラリアの児童福祉を見たことがある。
虐待を行った親に対して行政が再教育を行っていた。虐待は子どもの権利侵害であり、それを正すために行政が親に一定期間、養育の方法を教えるプログラムを持っていた。

家族は、行政が与えた家に住まなければならず。そこで、子育てを習う。マジックミラー越しにカウンセラーが行動をチャックし、何が正しいか、どうして虐待が起きるのかを分析し、修正する。

父親はその家から会社に行き、子どももそこから学校に通う。

一定期間の成果が上がると前の家に返すが、モニタリングを行う。もちろん、地域もその家庭を支援するために関わるシステムを持っている。

国が違い宗教観、家族観が違うので、同じような事がいいかどうか分からないが、子どものだけでなく親も一緒に支援するという意識が大きい。

就職のことで言えば、職場の職親が丁寧に面倒を見てくれれば施設で生活することはない。
大学でも、十分な支援があれば施設にいる必要はない。
子どもを取り巻く環境が良くなれば、地域で十分に暮らせるだろう。


施設がなくてもいいような社会を作ることを議論してもいいのではないだろうか。

施設に収容するということもまた、子どもの権利侵害である。

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2015年11月11日 (水曜日)

映画を二度みる

映画チケット の半券がある。

見たことは覚えているのに、ストリートが浮かんでこない。
それも、全く。

思い出そうとする。
いい映画だったか、つまらなかったかは分かるのに、物語は出てこない。

これは困った。

それは小説でも同じ。

二回目に読む本なのに、初めて読む気分。

一回目は、記憶に残らないのか。一回目の映画は眠っているのか。
そう言えば、途中ですごく眠くなる。

映画館だとよく眠れ

一回目の映画は、疲れを癒すために見て、二回目でストーリーを楽しむ。

それでも忘れる。

まあ、人生が映画のようで、昔のことを忘れても生きていける。

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2015年7月 4日 (土曜日)

引っ越し

引越しでまず最初に買うものは何だろう。

少年はゴミ箱を買った。

僕は?
思い出せないが、19の時、家を出た。
そのきっかけも覚えていない。
少年が青年になるには家から離れねければいけないと信じていた。大人にはなりたくないが青年には憧れていた。
五木寛之 の青年は荒野をめざすを歌っていたのだろうか。
一人になることが怖かったのに一人になりたかった。
北浦和のアパートを借りた。大家さんが優しい人で、家賃を持っていくといつも小さなお土産を貰っていた。それが嬉しくて、家賃を払ってから、しばらく玄関で話し込んでいた。
家賃は1万円もしなかっただろう。壁が薄く隣の人の生活を感じながらひっそりそう暮らしていた。
一人でなんとかやっていけたのは、アパートにいなかったためだろう。ほとんどの時間、大学とYMCAに入り浸っていた。
一人でアパートに入ると闇が迫ってきて襲われそうで怖かった。

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