カテゴリー「ゆれる」の21件の記事

2009年12月16日 (水曜日)

草原の立つ老人

日本に住む中国籍の男性と話をした。

彼は、病気に打ち勝つために自分に厳しく生活してきた。その身体には厳しさを物語る痕跡が残され、それが生きてきた印であり、アイデンティティーとなっている。

彼は中国語の教師であり、英語まじりの日本語を話す。彼の言葉を一つひとつ聞き、必要に応じて解釈し、言い換え、譬える。

彼の人生を理解しようと試みるうちに、自分が癒されていると感じた。

彼は、ベストキッドの空手の先生のような風貌で、僕の瞳をじっと見つめて話をする。その瞳の奥には広州の平原が広がり、風が麦畑を揺らせている。

言葉が魔法のように聞こえだし、心地よい。

最後に、手を握り何かを云っている。

その言葉以上に力強さに圧倒された。

「自分を信じて生きることしかできない」

そんな風に聞こえた。

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2009年12月 7日 (月曜日)

たいていの人は自分の二十歳の日のことを覚えている

駐車場のスタンプを押してもらうために本屋で「めくらやなぎと眠る女」を買った。

短編を読み始めたら、二十歳の時の話をする男女が登場する。

さて、僕の二十歳の日は。

良く覚えていないと思っていたら、突然思い出した。

迷子になったのだ。

それは、寒い日だった。二十歳の記念にと、コンサートのチケットを買った。ジョイントコンサートだったと思う。沢山のプレイヤーが代わる代わるに登場してうたを歌うやつだ。

会場は名の知られた場所だったと思う。だから、調べもせずに家を出た。

そのころは安アパートでキャベツを食べて暮していた。

コンサートを期待してた訳ではない。かといって、隙間風が寒いアパートにいるのも耐えられず、夜の町に出かけた。

京浜東北線にのり横浜方面に向った。もちろん下りるべき駅は決まっていた。迷うはずがない。有名な会場だ。

目的の駅に降りると、浜風が冷たい。道行く人は家路を急ぎ、コンサート会場に向う人には見えなかった。

しかし、明かりの見える方に進めばきっとそれがあると信じて急いだ。

右に曲がり左に曲がり、進めば進むほど町は寂しくなる。このまま進んでもどこにも着かないことは分かっていたがもう戻れなくなっていた。

そして着いた。

そこは、明るい港が見える工業地帯だった。

なんだかこうなることは分かっていたような気分がした。そして、チケットを取り出して一文字づつ読み返した。

僕のいる場所のすぐ近くで楽しそうにうたを歌い楽しんでいる人がいる。その近くで二十歳の日を過ごした。

それから1時間ほど歩き、ただただ歩き駅に着いた。

家に帰ってきた時には、もう二十歳ではない自分がいた。

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2009年11月 8日 (日曜日)

嫌いなことはしない

ジョン・バニヤンを知りません。

天路歴程を読んだことはありません。

話は変わって、「かもめ食堂」をテレビで見た。

さちえ(小林聡美)が、「嫌いなことはしないようにしているの」と云っていた。

映画で見るさちえは、自由である。

ヘルシンキから沖縄に飛び、チェンマイで暮す。

家族がいてもいなくても、人生をどう生きるかという面では、しっかりしている。

三谷幸喜ではこうはいかない。(たぶん)

どっかに、何かが引っかかっている。それは犬かも知れないし、仕事かも。

とにかく、何かをぶら下げている。

引きずる人生というのも、格好が悪くていい。

そう

「逆説と対抗逆説」という話を読んでいる。

すっきりしない人生。

それは、落ち着かない人生であり、片付かない人生だ。

とにかくごちゃごちゃしている。

その散らかり具合が楽しそうだ。わくわくして。

しかし、側にいる人は迷惑だろう。

それが嫌なら、一人で食堂をはじめよう。

どっちを選ぶ?

店舗は空いてます。

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キツネの夢

Tony Mcmanas の The Maker`s Markをインターネットで買った。

彼の曲を聴いていると、昔、キツネだった頃のことを想い出す。

草原に隠れ、何かを待っていた。

キツネには名前がない。ずっと一人で餌をとっていた。

名前は友達がいるキツネに必要なもので、僕には必要がなかった。

ときどき風に吹かれながら夢を見る。

夢の中ではやさしい女の子が見える。草原の彼方から現れ、そして、僕をやさしく見てくれる。金色の髪が風にそよいでいる。

目が覚めると、草がなびいている。

僕は、大きく吠える。

僕の声は空に向かってのぼり、そして、霧になる。

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2009年10月17日 (土曜日)

背の高いあなたは今も大きい人

帰ってきた酔っ払いを聞いたのが小学6年の時。

だから、中学時代はフォークルにはまっていた。

12弦ギターに憧れた。

少年は荒野を目指したが、何処にもいけず、田んぼに横たわりひばりを眺めていた。

冬の田んぼに来るものはいない。

ギターをもっては調子の外れたうたを歌う。

スリーフィンガーを覚えた時は嬉しかった。

高校生の時、ドノバンが来日し、武道館に行った。

その後も、トノバンの振れえる声を聞きながら青年は育った。

ありがとう。

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悲しみは言葉にならない


     悲しみは言葉にならない 深すぎて
     喜びもしみじみと かみしめるもの
     ああ あふれる想いを
     空の雨に託して
     涙声でも 大丈夫
     胸を張れ

     ため息はつくもの 誰もいない公園で
     幸せを逃がさず そっとしのんで
     ああ 心の中で
     抱きしめたいと つぶやき
     花束高く 振ってます
     見えますか

     ああ 生木を引き裂く
     熱い痛みは 殺して
     つつしみ深く 涼やかに
     凛として

     燃えたぎる炎は 明日のばねにして
     気持ちはしるしだと そっと差し出す
     ひと言 〝おめでとう〟
     恩返しはいらない
     天気は曇りのちに晴れ
     のちに晴れ

     ああ 悲しい想いは言葉にならない
     深すぎて
     天気は曇りのちに晴れ
     明日も晴れ

     悲しみは言葉に 言葉にならない


作詞 きたやまおさむ
作曲 加藤和彦

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2009年10月 2日 (金曜日)

価値

「あなたが重要だと思う価値を10個書き、それも毎日眺めて、順番を検討するように」という宿題が出た。

宿題が出るなんて嬉しい。

それは、何かを期待されている証拠である。

だから、一番の価値は、「期待されること」にする。

そう考えていたら、指が痛いことを思い出した。最近、朝起きると指が痛い。痛いのは苦手だ。心臓が痛いと不安になる。お腹が痛いと悲しくなる。

だから、2番は「痛くない生活」とする。

そして3番は「生きていること」にする。

生きていることに幸せを感じる。

それだけでいい。

と、毎日、紙に書いた大切なものを眺めていると、自分がいかに小さな幸せを欲しているか分かる。

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ばて気味

10月に入りスポーツジムを変えた。

特に理由はないが、代えた。

しかし、1回も行っていない。忙しい訳ではなく、やることが多く、やらなければならないことが多い。

これを、忙しいとは云わない。

論文の草稿(原型)を提出しなければならない。

これが厄介で、書けばいいという訳にはいかない。書きたくならないと書けない。そのためには無駄な時間と、追い込まれる時間がどうしても必要になる。

だから、明日提出にも関わらずブログを書いている。

こんなことをしても何にもならないと思いながら。でも、何にもなるなんてことはあるのだろうか。

バカボンのパパならいうだろう。

「それでいいのだ」と。

ただ、「それでいい」とは、どれでいいのか。

パパはそれを知らない。

けれど、パパは知らなくても何にも困らない。

だって、大好きなママと可愛いハジメがいるから。

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2009年9月24日 (木曜日)

実は、自分の隣に住むコロも悩んでいるという物語

緑色の顔の女の子の物語を考えている。

女の子は池に落ちてから顔が緑になってしまった。

それから、鏡を見ては毎日泣いている。涙では、顔の色は変わらない。でも、泣くしかない。泣いていると、誰かが気づいてくれそうな気がする。

それから、10年が過ぎた。

女の子の鏡はすっかり曇り、何も映さない。池に移る自分の顔は、空の青さや、夕焼けの赤に染まっている。

そこに小さな生き物が登場する。名前をコロという。

コロは、女の子の側にずっと座っていた。もうかれこれ10年は側に居る。

しかし、女の子にはコロが見えない。あまりに近くに居たから。

コロは、女の子の気を引こうとする。

そして、女の子の悩みを知っている。それを、自分だけの秘密にしている。

コロも悩んでいる。

しかし、女の子はコロの悩みを知らない。コロの存在も知らない。

それから、

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2009年9月10日 (木曜日)

a day in tha life

栗原暁氏、久保田真吾氏のユニットJazzinn`parkのアルバム「A DAY IN THE LIFE」を買った。

アルバムを買ったのは数年ぶり。

音楽は大量に耳に入ってくるのに、アルバム(CD)を購入しなくなったのはどうしてだろう。

本屋で何も考えずに、本の表紙を眺めていたら、「JOY」が聞こえてきた。

この曲は今の僕には必要だと感じ、すぐにレジのお姉さんに声を掛けた。だれの歌ですか?

そう、僕らにとって音楽は「うた」なのだ。

その「うた」がミュージックに変わった頃から、レコード(CD)を買わなくなった。

うたには、物語がある。物語がそれを聞く人間の人生と深く関る。

ジョン・レノンだって、ポール・サイモンだって、ボブ・ディランだって、皆、人生を歌っている。それは、ベートーベンもバッハも大江君も同じだと思う。

そうすると、僕の人生が薄っぺらくなってきたように、音楽が遠くに行ってしまったのだろう。

JOYは、人生を語らない。

しかし、

僕の気持ちを静かにしてくれる薬になってくれる。

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