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2019年4月 9日 (火曜日)

正しさを追求することの苦しさ

viceを観た。

vice、悪とは何か?

チェイニーの歴史的裏話の映画である。

戦争は大義があれば「良い=正しい」訳でもなく、しかし、なんの根拠もなく何十万もの人を殺す作戦を一部の官僚=政治家が立てているのは恐ろしい。

そこに、アメリカの「正しさ」が加わる。映画では、同性婚という選択に対して、YESかNOかを問題にしている。これは、今に繋がるキリスト教福音派の話であろう。どちらの派も、自分たちの考えが正しいと主張する。

主張できるだけ、アメリカはマシなのだろか。

チェイニーの娘が同性愛者として生きることを選択するところが、面白い。自分の正しさと娘とどちらを選ぶのか?

イラクに侵攻する訳だが、アメリカという土地からはあまりにも遠い。そこは官僚や政治家が想像できない距離にある。しかし、兵士は想像ではなく、現実としてイラクを体験し、帰国後自殺し、PTSDに苦しむ。

この苦しむ人と、遠くで見ている人の対比も映画の本質のようだ。

私たちは、当事者であると同時に、加害者という立場を持っている。例えば、朝鮮に人の思いと、日本人であるという現実である。

戦争は、誰かが行ったわけではなく、人間として=私もその種、人が人を殺した。

殺された人にとって、そいつを**という名前で認識することはできない。その人より、戦争を決定した人や国に対する憎しみが生まれるのも当然であろう。

さて、この国の政治はどうなっているのか?

平和なのだろうか、人を殺していないのだろうか?

そうではない、自殺する人は毎年数万人に上る。

いい加減な人より、正しさを追求する人の方が苦しむ社会のような気がする。

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