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2017年3月31日 (金曜日)

はっきりさせようとすることは、混乱を生んだりする

先週退院したAさんが、今週再入院した。

Aさんに何が起きたのかはわからない。Aさん自身にもわからないかもしれない。
普通な暮らしをするためには、誰かの手助けが必要なのかもしれない。
しかし、一人で暮らすことを考えたら、誰かは、いつもそばにいるわけではない。
それは、少年の場合も同様である。
自立するためには、一人で生きていかなければならない。もちろん二人でもいいんだけれど。
でも一人で生きていくには、それなりのリスクがある。自分をコントロールするということに関して。
自分をコントロールする力があればそれでいいのだが、そうでない場合は誰かと暮らすことを選択する。
それは、母親の場合も同様である。
高齢であるというだけでなく、暮らしを考えるとき、生活力や関係調整のスキルが必要になり、それが衰えただけで一人暮らしは難しくなる。
そうした難しさを病院などの施設に収容することで解決できるのか?解決しているような気分になっていいんだろうか。
一人暮らしか施設かの選択でない多様な暮らし方を探したい。
そこで問題となるのが、専門家のアプローチかもしれない。
「問題」を明らかにすると、それを分類することになる。専門性を高めると分類は細かくなる。「問題」を見ないでも暮らすことはできる。
見ること、見つけることで、余計に苦しくなることがあるように、「まあそんなものよ」と薄眼で捉えることも必要だと思う。

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