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2016年2月

2016年2月27日 (土曜日)

不在という存在

そこにいるのに見えないし人のことを無視していた。
そのひとは、怒りを抱えていた。それは、私を理解していないことではなく、私が見えているものを見ようとしない僕の姿勢に怒りを表現していた。

私たちは今ここを大事にしているにも関わらず、そこに居る見えないものを見ようとしない。
見ようとするだけでは見えない、感じることが、感性が大切なんだろう。

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2016年2月24日 (水曜日)

物語の外から訪れる他人

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毎年、その老人のお宅を訪れる。
直接関わりがあるのではなく、関係者の知り合いの家である。

世話をしている家の庭が広く、虫が出るので駆除してほしいという依頼があった。そのため、毎年庭の手入れをし、その報告に行っている。
それが、何年にも渡り、もう7、8年になる。こちらも年をとるが、お婆ちゃんもお爺ちゃんもそれなりに年を重ね、子どもとの関係も変化する。
3年目ぐらいから田舎のお婆ちゃんもの家のような感じになる。どうですか、おたくの方は変わりませんか?なんて、言葉が出る。どこまで話したのかも忘れ、ええと返事する。
他人であった私たちは、いつの間にか知り合いになった。今はなんだろう?僕の物語に入っているのは間違いないし、お婆さんの人生の物語にも、外の人として登場しているのかもしれない。

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2016年2月23日 (火曜日)

空想世界で舘ひろしに会う

伊丹へ行く飛行機に乗っている。
8のBだ。A にはサラリーマン風のおじさんが一本指でメールを打ち、それが終わると鼾をかいて寝た。Cには舘ひろし風のサラリーマンがマスクをして新聞を読んでいる。お茶も断り、新聞を読み終えるとひたすら前を向き隙を見せない。
さて、この男性に話しかけるには、どうしたらいいだろう。こんなことを考えたのは、いま、岸政彦氏《社会学者》の本を読んでいるからだ。彼は意味のないようなことの中に意味を見いだそうとしている。一見無意味に見える出来事が人生を構成している。その瞬間は忘れられない思い出として私を構成する。
その紳士、館は、靴を見た。靴はピカピカに輝いている。右足を動かし、左足を動かし靴の輝きを確かめ、これでよしとつぶやいた。ような気がした。
館さんは、多分僕と同年代だろう。僕は他人の年齢をだいたい当てることができる、経験上。僕の方は、どう見てもサラリーマンには見えないし、紳士にも見えない。自由業のおじさん風である。だとすると声をかけた場合、無視される可能性が高い。
それに、鞄にはからしレンコンの黄色いマスコット人形が揺れている。からしレンコンの人形をぶら下げている大人は信用できない。
どう攻めるか。先ほどから飛行機は着陸態勢に入り揺れている。それ時乗じて、右ひじを少しぶつけ、「すみません」という。紳士は少し頷くが表情を変えない。それから少し時間を置きマスクをしている紳士、舘さんに、「風邪ですか?空気が乾燥してますからね?」と話しかけてみると。館さんは、聞いていなかったような様子で、反応がない。これで全ての会話が終わる。
ここから物語がはじまる。架空のね。
館さんが、その後事件を起こし、刑事が僕に質問をする。
どんな人でしたか?
すると僕が答える。「全く覚えてません」と。本当にどんな人か覚えていない。しかし、その記憶は忘れられない。
そう、忘れられないけど、覚えていないことってある。そうした、物語が幾重にも重なり人生ができている。さっきもタクシーに乗った時女性の運転手と楽しい会話をした事を覚えているけど、彼女の顔は思い出せない。
それにしても館さんは渋い顔をしていた。その渋さだけは味として思い出せる。

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2016年2月21日 (日曜日)

アフリカに友達ができる

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ザンビアに行くことになったのが去年の11月頃。たぶん。
それから、チケットを取る。経由地は、ロンドン、中東、香港、シンガポールがある。乗り継ぎ時間、飛行距離の関係では、香港かシンガポールがいい。それでも27時間ぐらいはかかる。春節と重なり、キャセイパシフィックは混んでいるので、シンガポール航空にする。
そも後、準備もせず、ガイドブックを読まずに当日になる。
機内持ち込みのバックで行こうと準備をしていたが、持って行こうと買ったお菓子が入らず、大きなスーツケースになる。
羽田16時の便でシンガポールに。ここまで6時間。乗り継ぎに4時間。シンガポール空港のターミナルで少し迷う。次は、南アフリカのヨハネスブルグまで10時間。飛行機席は空いており、3人掛けに横になって寝る。
ヨハネスブルグの空港で日本人はカップを発見。直ぐに声をかける。すると、新婚旅行らしい。迷惑も顧みず、話をしていたら、ビクトリアフォールズまで一緒に。どこに泊まるのか?と聞くと、ホテルも一緒にだという。なんと奇遇。そのあと、日本人に会うことはなく、この二人だけだった。
3時間ほど待ち、ビクトリアフォールズまで3時間。羽田から27時間ぐらいかかったことになる。
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空港では、Tさんの夫Dの友達が迎えに来てくれていた。名前が書かれたボードが何枚も掲げられている。こういうことは雰囲気で誰だかわかるものだ。

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2016年2月13日 (土曜日)

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この道が好きだ。
この道を毎日歩いているのだろう、赤ちゃんをおぶりながら。

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滝を見に行く

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滝が珍しいのは、日常の生活でほとんど利用価値がなく、大きいからだと思っている。僕だけ。
滝発電なんてできたらそれはそれでいいのだろうけど、今のところ無理そうだし。

ただただ大きな木とか、大きな岩とか、大きな海は見ていて飽きない。
滝だって、ただただ大きいというだけで人が集まってきて「わー大きい」という。

凄いというのは褒め言葉であり、人を一歩後ずさりさせる力がある。

僕も初めてジャイアント馬場を見たとき後ずさりしたことを思い出した。

でもジャイアント馬場は、結構気が小さい。

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2016年2月12日 (金曜日)

夜の闇と風

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蚊帳の中にいる。

外は闇。
だけど沢山の動物が蠢いていることが気配でわかる。
風吹いている。
何かを話すように。

こんな風を子どもの頃に聞いていた。
童話トリゴラスのような鳴き声。すごく怖いのにとても興味を惹かれる。闇に吸い込まれるように。
こちらの世界とあちらの世界を感じる。
死という世界も今の延長であるのに、見えない闇を感じさせる。

風の中にいる のは、死んだはずの父親なのか。僕に何を言っているのだろう?

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2016年2月11日 (木曜日)

アフリカに来ている

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森を見ている、1日。

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