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2015年11月30日 (月曜日)

養護施設の利用年利を引き上げることは良いことか

児童養護施設は児童福祉法で定められた収容施設である。
家庭的な課題により施設で生活することが必要な子どもが、3-18才まで利用(入所)できる。
児童福祉法ができたのは戦後であり、その法律が古くなっている。戦災孤児が多かった時代から、子どもの虐待が問題となる時代に変わり、中学卒業で就職していた時代から大学入学が当たり前の時代に変った。
現実的には18歳を超えても措置継続をしている施設も多く、20歳まで施設で過ごし、地域移行を進めている。
法律運用の多様性という意味から言えば歓迎されることかもしれないが、そもそも施設が必要なのかという論議がここでは欠如している。
日本の児童福祉が施設養護に偏っていないか。親子分離だけで問題が解決するだろうか?
もちろん、一時的に家庭に介入し、分離することが必要なケースが多いことも現実である。しかし、ことはその後である。
支援が必要な親への対応が殆ど行われていない。親支援、家族支援に対する予算はなく専門スタッフもいない。地域で家族を支援するシステムも整えないまま、収容施設という囲い込みで問題を見えにようにしている。
問題を隠すことが上手になってる政府である。

もう30年前であるが、オーストラリアの児童福祉を見たことがある。
虐待を行った親に対して行政が再教育を行っていた。虐待は子どもの権利侵害であり、それを正すために行政が親に一定期間、養育の方法を教えるプログラムを持っていた。

家族は、行政が与えた家に住まなければならず。そこで、子育てを習う。マジックミラー越しにカウンセラーが行動をチャックし、何が正しいか、どうして虐待が起きるのかを分析し、修正する。

父親はその家から会社に行き、子どももそこから学校に通う。

一定期間の成果が上がると前の家に返すが、モニタリングを行う。もちろん、地域もその家庭を支援するために関わるシステムを持っている。

国が違い宗教観、家族観が違うので、同じような事がいいかどうか分からないが、子どものだけでなく親も一緒に支援するという意識が大きい。

就職のことで言えば、職場の職親が丁寧に面倒を見てくれれば施設で生活することはない。
大学でも、十分な支援があれば施設にいる必要はない。
子どもを取り巻く環境が良くなれば、地域で十分に暮らせるだろう。


施設がなくてもいいような社会を作ることを議論してもいいのではないだろうか。

施設に収容するということもまた、子どもの権利侵害である。

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