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2015年5月 4日 (月曜日)

命を作ることこと

共働学舎の代表だった宮島真一郎氏が逝去する知らせを友達から受けた。
競争社会ではなく協力社会の創設を願い、自由学園を退職したのが氏が50歳の時だった。それから、40年その思想に協賛し全国から集まってきた人たちで学舎は成長している。
しかし、宮嶋氏が望む成長は目に見えるものではない。むしろ見えにくいプロセスを大切にし、生きることを一つ一つ大切にしてきたと感じる。

僕が養護施設に勤めている時、毎年夏に共同学舎でワークキャンプをした。その際に宮嶋氏と一緒に働く機会を与えられた。30年数年前であるから、宮嶋さんは今の僕と同じくらいの年だったのだろう。

共働学舎には規則がない、ただ一つのルールがあるとすれば暴力を振るわない、振るうことを良しとしないことだ。
都会の子どもたちにとって自然農法を行う農作業は厳しいものであった。毎日、桑の根を掘り起こす作業に、何十キロもある荷を上げる作業から耐えることを教えられた。
作業の合間のお茶の時間は息抜きであり楽しみである。それだけに気が緩む。
足元に這う虫やひらひら舞う蝶を捕まえて遊ぶ子どももいる。捕まえるだけでなく、イタズラしたり殺してしまった。
それを見た宮嶋さんが、突然大きな声で「君たちは命を作ることができるのか」と言った。
子どもたちはきょとんとしたのは声の勢いとともに、命という言葉だったように思う。
同時に僕たちは命を大切にしているのだろうかという問いがのしかかってきた。子どもにホントウに向き合い、子どもの命に育てる関わりをしていますか?と問われたように感じた。

その後も黙って草を刈る後ろ姿を見せていた。

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