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2015年4月 5日 (日曜日)

かすみ

最近、霞がかかったように世界が見える。
正確には、よく見えない。
特に、字が見えない。滲んでしまうと、頭で理解しようとするのか、とても疲れる。
じっと、見つめていると疲れるので、読むことを諦めることが多い。

こうして人は社会とのつながりを諦めるんだろうかと、思ったりする。

メガネをすればいいのだが、メガネでは、すべての文字にピントが合わない。
今まで、メガネ生活をしてこなかったので、掛けたり外したりしていると、すぐに置き忘れる。
もう、何本も無くした。
これも諦める。

という生活を送っていると、いろいろ諦めるのに、生きることは諦めない。
こだわりを持っている。

先日、できの悪い子供のやるきを出させる名人の話を聞いた。

生きている限り、全てに諦めている訳ではない。何かにこだわりを持っているという。
諦めていると見える子どもほど、強い拘りを持っていることが多い。
拘りが強いからこそ、身体が動かない。

そんな時には、包み込むように拘りを解きほぐすことが必要だ。

包み込む時には、その中に内包されているものは、彼のもつ全てである。その中から本当に大事なものを彼が選ぶのを待つことが大事だ。

選べばくしているのは、彼自身ではなく、私だということだ。


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