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2014年5月11日 (日曜日)

社会に出る準備

最近、聞かれなくなった言葉に、五月病がある。

長い休みの後、環境に適応できなくなった若者が多かった時代には、こんな風に呼ばれていた。
  まあ、今時の若者は的な、大人が安心するための言葉だったのかもしれない。
社会は、働く人間を求めている。それも、従順に。
社会が反映するためには、社会システムを維持して、絶えず成長することで個人の幸せがあると信じさせようとしている。 しかも、経営者ばかりがどんどん儲かるシステムであっても。
それに反する動きがあると、あらゆる手段で攻撃する。そうしないと日本が沈没するかのように。
それは、エネルギーにでも、食料の輸入にも、防衛にも、労働にも。
でも、イデオロギーの話をするつもりではない。 この国のシステムを維持することで得をする人達がいることをもっと明らかにすべきだと思う。
そうした構造が見えてきたのが、あの震災後だと思う。
原子力は、国民のために作られたのではないし、食料の輸入も日本のためより、一部の人の利益のため、防衛も労働力の受け入れも。
それが悪いと言っているのではない。
そうした構造は昔からあり、バランスを取ることが大切だと言われてきた。 それが、前に進めばいいと、決定が早いといいと言われることに違和感を感じる。
前に進めば、後ろに大切なものを忘れる、早い決定は、間違いを起こしやすい。
するとなないも決められない人がでてくるし、僕の身近にも。
そうすると僕の中に、何かしろ、早く決めろという気持ちが湧いてくる。
しかし、自分の働き方を見れば、なにもしない時間を楽しみ、いつまでもうじうじしている。
なにもしないことや、いつまでも決められないことの中にある、素晴らしさを探さねばと思う。 しかし、黙って静かに生きることってとっても大変なことです。

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