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2014年4月29日 (火曜日)

登場人物は全て囚われていた

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ヒットマン(サルヴォ)は、自分を見るようにその盲目の少女を見ていた。

少女は敵対する殺し屋の妹。(この少女がどんどん大人びて見えてくる)

少女の兄を殺したサルヴォ、しかし、妹を殺せない。

彼女に何かを感じてしまう。娘を 閉じ込め食事を与えようとする。

サルヴォは、それまで食べることを拒んできた。他人との関係も、
それが娘に関わるようになり、他人への関心が湧いてくる。

一方、娘は目が見えはじめ、心を開き出す。

サルヴォが人間性を解放し生き始めるに従い、死の匂いがし始める。

娘は救われる存在からサルヴォを救う存在に変わる。

しかし、どんなに役割が変わろうとイタリアの現実は変わることはない。

「サルヴォ」

ファビオ・グラッサドニア監督

アントニオ・ピアッツァ監督

一人は元教師、もう一人は元ジャーナリスト

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