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2014年4月15日 (火曜日)

軽い気持ちでお茶を飲んでいます

スタバで仕事をしている。

とてもはかどる。
事務所では静かすぎて落ち着かない。周りに人がいて仕事をしたり、本を読んだり、仲よくしたりしていると、すごく集中できる。
話しは変わって。
ブログやフェースブックやツイッタ―やラインで[書く]という行為を考える。
何かを書くとき、全てうそを書くことは、まあできない。
想像できることは実現できるというように、書くことの多くは書き手の身の回りに起こった事である。
しかし、ホントウのことを[書く]こともまた、まあできない。
これはホントウに含まれるパラドックスだと思っている。
ホントウは、突き詰めると本当でなくなるように、事実の中の一部である。書くという行為は、多くの選択から生まれた切り取りだと思っている。
どうしてこんな回りくどいことを言うかというと、僕が関わっている仕事のことに関係する。
対人関係の仕事をしているということは、誰かの人生と向き合うことになる。もちろん自分の人生のも。
そして、書くという行為は誰かの人生に関わることを第三者に伝えることになるからだ。
これが、日記だったら問題はない。
それは、インターネットいう伝達手段を通ると、自分の思いとは別の伝わり方をしてしまう。
世の中では、『つながる』ことを自慢する会社が多いが、『つながる』ということの危険性はとっても大きい。
ここで書かれたり、僕が発言していることは、ホントウのことではないと同時に嘘でもないということをいいたい。
誰かのことを書いたとしても、その人は、現実世界には存在しない。
しかし、架空の人の物語を書いても、その人にそっくりの人がいたりする。
そうしたあいまいな、あやふやな世界の中で、何かを書き続けることがとても大切だと思っている。
ということで、あまり多くない読者の皆様、適当にお付き合いください。

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