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2013年8月25日 (日曜日)

ターミナル

ターミナルは終末という意味で捉えられているが、乗継という意味も持つ。

線路の終点の駅をターミナル駅と呼ぶ。しかし、終点ということは、そこから先につながる何かがある。

ターミナル駅に着くまでは、そこが終着駅であるが、そこに着いたら新しい旅が始まるらしい。

人生のターミナルに僕たちはたどり着いていない。だから、そこが最期だと考えるが、そこに着いた時には新しい何かが始まるかもしれない。

僕の父親が死んでから、彼は、ときどき僕の人生に現れる。それは、幽霊のように出てくるわけではない。

それ以上に強く僕に影響を与える。それは僕の脳に働きかけているように、映像として、そして頭の中に入り込んでくる。彼の存在は、僕を応援している訳でもなく、ただ彼の人生を生きていると考えるほうがいいような気がする。

彼の人生の一こまを垣間見たとき。そこにどんな意味を感じるかは僕の心次第である。

ターミナル期の対人認知をインタビューしていると、そうした思い出を語るワーカーがいる。

彼に対する認知は、生きている以上であり、生きている時より鮮明に、そして強烈だ。まるで、そばにいるように。僕の後ろに立っている。

彼は、ターミナル駅で、別の列車に乗り換えたのだろうか。その列車から僕を見ているのだろうか。

それとも、僕の脳が彼を求めることで、彼の思い出を活用しているのだろうか。

そして、こうした働きを何と呼んだらいいのか?

これが今のテーマだ。

再会とは、死後の世界の出来事ではない。

私たちは毎日誰かと再会しているのかもしれない。それが見えるかどうか、感じられるかどうかだ。

石巻に出現する想い出の人たちは、今も生きている。

彼らの思い出を大切に抱いている人にはその存在が必要なのだ。

僕たちは必要なものを見る、意味あるものを感じる。

そんな風にできている。

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