« くりかえす | トップページ | 選択について考える »

2013年7月 5日 (金曜日)

決定や選択に責任はついてくるのか

妊娠や出産は女性だけの問題でないことは誰もが認識している。
それでいて、出産や妊娠の選択を女性の問題にしていないだろうか。
精子と卵子が受精し子宮で育つからといって、子どもは社会の中でしか育たない。
そんな当たり前の事を忘れたかのように、女性の問題として「貴方は生前診断を受けますか?」と聞く。聞いているのは、男たちと、その社会である。聞いている側に立つと何が起こるかといえば、自分の問題から、女性の問題になり、女性に優しい素振りができる。
そう、この「やさしい」と言う言葉こそ、何の責任も取らない無責任な言葉である。
そもそも、人を産むかどうかなんて選択の問題なのか?
むしろ、奇跡なのかもしれない。
だから、産まれてきた子どもは、生まれたそのことだけで「おめでたい」と思う。
そんな「おめでたい」ものが世界に出てきたのだから、社会は子どもたちがすくすくと生き続けていくことに責任がある。

|

« くりかえす | トップページ | 選択について考える »

あいまいの知」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« くりかえす | トップページ | 選択について考える »