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2013年6月 2日 (日曜日)

幸せを語る不幸な僕たち

良夫さんは、携帯を手放せない。

ツイッターでは幸せな人たちがたくさん登場する。

「**に行きました、とっても楽しいです」

(ぼくは、どこにも行けない。そもそも人に会うのが嫌いだ)

でも、返信は

「よかったですね。僕も先日**に行って、とっても楽しかったですよ・・・」と書く。

写真が送られてくる。

「ずっと行きたかった**のいってフレンチを食べました。予約でいっぱいだったのでラッキー」

(なにがフレンチだ。もっと食べて太ってしまえ)と思っても、

「美味しそう。今度、一緒に隠れ家的なあのイタリアンの**に行きましょう」なんて書いてしまう。

「景気が上向いてきたのか、重要な仕事を任されました。少し自信がついてきたって感じ。やればできるってことですよね」

(俺なんて何をやってもうまくいかない。いくら応募してもアルバイトも受からない)という現実があっても、

「僕も、少しだけ給与が上がりました。前月の振り込み見たら5000円増えていたんで、うれしくて飲みに行きました」と書く。

世の中幸せな人で溢れている。

少なくとも、僕が知っている人はみんな幸せそうだ。いいことばかり起きる。

テレビでやっている「子どもの貧困」なんて嘘なのかもしれない。そうじゃなかったら、ツイッターでこんなに幸せで、ニコニコしているメールが来るはずがない。

良夫さんは、そう思う。

だから、自分も幸せな振りをして、みんなを傷つけないようにしている。

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