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2013年6月 2日 (日曜日)

絶望について

「幸せ」のことを学ぼうと椎名麟三先生に聞いた。実際には聞けないので先生の全集から探そうと試みた。

しかし、先生は「絶望」とか「死とか」、「苦しみ」とか「狂気」のことばかり語っていて、まったく幸せを語っていない。

まるで、幸せには興味がないようである。

幸せなんてつまらないよ、不幸の方が面白く豊かであると先生は言いたいのだろうか。不幸は、その数だけ物語があると聞いたこともがある。

僕は、人生の半分以上を生きてきた。たぶん。

その間、幸せだと感じた瞬間はあっただろうか?

それが思いだせない。あったのかもしれないが、それが瞬間風速のように一瞬起きるために、忘れてしまうのか。

それに引き替え、どんなに苦しかったのか、どんなに不安だったのかを想いだすことはたやすい。それは、僕だけでなく、僕が関わった人についても同じだ。

彼らは、(殆どが僕以上に高齢である)自慢話のように不幸な時代を嬉しそうに語る。それは、生きている実感を表現するように。

椎名先生の話に戻るが、先生は虫歯が痛くてもそれを抜かない男の話をしている。

彼は、死にそうに悶え苦しむその瞬間だけ「生きている実感を感じる」らしい。

死を意識するようになったときだけ生きていると感じるなんて、人間というのは厄介なものだ。僕も、先日クマに会ったとき、ああ生きているんだと感じた。

それは、大きな命を身近に感じたせいかもしれない。

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