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2013年5月 5日 (日曜日)

木の上で生きる

小さな舟に乗っていて大事なことはバランスをとることだ。

乗っている人が、右に寄り過ぎても、左に寄り過ぎても船は傾く。

傾くだけならいいが、あんまりよりづぎると転覆してしまう。

何をすればいいか、何をしてはいけないかを、殆どの人は知っている。知っていながら、自己規制と社会的規制を利かせて前に進んでいる。

ともかく、前に進むことができるためには、右と左の間をゆれることだけ。

昨日、「木の上の軍隊」、戦争が終わっているのに木の上に隠れている二人の兵隊の物語を扱った番組をみた。

彼らは、信仰に近い価値観を持ち、木の下にいるアメリカと戦っていた。しかし、生きるためには、木の下にあるアメリカの食料を食べなければならない。

それを拒否して死んでいくという選択肢もあったかもしれないし、そうした日本兵もいたかもしれない。

しかし、彼らは生きることを選択した。

そして、生きていることでいろいろな物語が生まれてくる。

2年間木の上で生活を共にした二人の戦友は、木から下りると再び会うことがなかったという。そして、彼らはそれぞれの生活を送り、彼らの子孫がこの物語を語り続ける。

こちらの世界が絶対にいいと訳ではない。

木から下りることを勧めているのでもない。

生きていれば、木に登ることも、下りることも、そして、その木になってしまうこともある。

木にならなければ見えない景色があるように、そこに行かなければ感じられないことがある。

たとえ、木が切られてしまったとしても、そこに木があったことを知っている人がいる限り、木は生きている。

以前、木の上に小屋を作り、仕事がないときの木に登った。

強い風の日で、横風に大きな音を立てて小屋がきしんだ。

右に左に揺られていると、不安な心がどんどん膨らみ、心臓が大きくうねり出した。

木の下から見ると、そこに人がいることは分からない。人は、木を見ても、木の上の人を見ようとはしない。

しかし、木の上には不安を感じながら一生けんめいに木につかまっている人がいる。

大きな木を見つけたら、目を凝らして上を見るいい。

悲しげに猫を抱えている人と目が合うかもしれない。

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