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2013年4月29日 (月曜日)

司令官とコウノトリ

妻を亡くし子育てに翻弄される水道屋のレオの物語。娘はネット上に彼と**している映像をアップされ、落ち飲んでいる。息子はコウノトリに夢中で、学校をさぼって餌を万引きする始末。

この家族に関わる人たちも、一癖も二癖もある人たちばかり。画家のディアーナは家賃を滞納し、好きでもない絵を書き。仕事を辞めたアマンツイオは自宅を貸し、自分は狭い屋根裏部屋に住んでいる。そして、亡くなった妻は、朝の4時になると夫の所に水着姿で現れ、あの世の不平をコーヒーを飲みながらしゃべり出す。

登場人物たちは物語の中で交差し、コウノトリに導かれるように集まる。

イタリアの家族が抱えている問題は、僕の家の問題である。

少し違うところがあるとすれが、レオは家族の問題から逃げずに正面から立ち向かっている所だろう。

子どもに馬鹿にされても、子どもの気持ちが分からなくても、生きていることを大切に、女性を愛する気持ちを忘れずにいつも情熱的である。

この辺がイタリア映画らしさだろう。

話は変わるが、子どもは小さいころは可愛いのに、大きくなるとどうしてあんなに憎らしくなるのか。それに、大人がどうしたら傷つくかをよく知っている。

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