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2013年1月15日 (火曜日)

百年法

抗老化ウイルスの発見により、人が死ななくなった世界を描いた小説を読んでいる。

人は死ぬ。ということを忘れている日常では、小説のような世界は非現実的でもない。

と、思っていたら、卵子提供をボランティアで行うことを進めている団体がニュースになった。

卵子の商品化が進んでいるので、無償で提供することを訴えている。あなたも卵子提供のドナーになりませんか?という表現にはどこか怪しさを感じる。

子どもが産めない人は「かわいそうだから」何とか生ませてあげたいと考えるのは、どこか、人が死ぬのはかわいそうだから死なないようにしてあげると考えることに近い。

一方で、生まれたのに育てられない(別の言い方でいうと生きられない)乳幼児も世界では多い。

自分の子どもならどんなことをしても産みたい、しかし、他人の子どもは育てられないのはどうしてだろう。

他人の卵子や精子で受精卵を作るなら、それは他人の子どもではないだろうか。

死が遠のいた社会は、とっても死を意識する社会になる。子どもを作る(産むのではなく)ことができる社会は、どんな社会になるのだろうか。

人間の社会は限界があるからこそ、バランスをとっているように思う。限界を超えはじめると、揺り戻しが起こり、新しいウイルスのようなものが発生する。

そうならなければいいけど。

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