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2012年12月24日 (月曜日)

クリスマス

クリスマスが近づいてくると、なぜか椎名麟三を想いだす。

それも彼のはげた頭をだ。

彼は、クリスマスの街を歩くことが好きらしい。

赤い鼻をしたサンタクロースを見かけると、一緒にキャバレーに誘いたいと白状している。

クリスマスは、教会にあるいのではなく、街に、ケーキ屋に、キャバレーの中にあると言っている。そこでは、人々がうれしそうな顔をしている。

一方、教会に中には槍で腹を刺され、血を流し、苦しそうな顔をしているキリストがいる。

しかも、キリストはこちらを見ている。

そして、こんな目にあわされたのはお前たち人間を救うためだと言いたげである。

キリストは生まれたかもしれない。しかし、それは彼が死ぬためにである。

(ブッダが生まれたのも、彼が死ぬためである。)

そこにイエスのユーモアを見出すと椎名はいう。

苦痛、苦悩、悲しみの中にこそ救いがあるという。

椎名は、歯が痛くて死にそうな人の話をしている。彼は、悶え苦しむのだが、この苦痛の中にこそ生きている実感を感じるため、虫歯を抜くことを拒む。

ユーモアとは肯定と否定と超えたところからやってくる。

だらら、クリスマスは、どんな場所にも降り注いでいる。

それを受け取るか拒むかに関わらず。

だから、寝ぼけた顔で起きてきた少年にも当然、クリスマスがやってくる。

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