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2012年11月14日 (水曜日)

私たちの物語はできるだろうか

宗教性が弱い日本にはストーリーとしての共同イメージがあるかを問われた。

人間が死んだ後、復活するキリスト教や、生命は輪廻として転生する佛教的な思想に比べ、死後の物語が弱いのではないかと識者はいう。

 しかし、昨年から東北に何度も足を運び、突然、身内を亡くした人たちから話をうかがううちに、その土地独自のやり方でストーリーを紡いでいるように感じる

人々は、朝から晩まで道端で、集会室で話をしていた。それは、身内の話であり、共同体の話だ。その話は、その土地の歴史に及び、どのように災害や災難から復活してきたのか、どのように苦しさの中に留まってきたのかを語っていた。

 また、遠野の民話の中には、死後の世界とのつきあい方を語ったものもある。そうした、土地に根ざした物語(ストイーリー)は伝承として語られ、生活の一部となってきた。

 そうした生と死を語る物語は、地域に根付いた思想である。その思想が構築されるためには人々が語り合う土地(地域社会・コミュニティー)が必要になる。

 そうした独自のコミュニティーが生まれた土地が東北であり、物語は何度も何度も災害に襲われた土地にはどうしても生きるための物語が、死者を受け止める物語が必要だった。

 そう考えると、私たちは、私の物語とともに、私たちの物語を作りあげてきた。

しかし、これからも、そうできるだろうか?

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