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2012年11月 2日 (金曜日)

小林さんを思う

小林さんから近況を知らせる手紙が来た。

小林さんは、書痙だ。昔は、まあるい字を書き、サインとして笑う小林人形を書いてくれたが、最近はPCで印刷された長文である。

それでも、文章には小林さんらしさがにじみ出ている。とにかくこだわりの人である。

そのこだわりに青年の僕は憧れた。憧れていた青年もおじさんになり、憧れの人は老人になった。

小林さんとの出会いは、僕が21歳の頃である。

今より、尖った青年期真っ盛りであった。青春が楽しいというのは嘘である。人生で一番苦しんだ時期だった。しかし、その苦しみを味わうだけの若さもあった。

小林さんにはパートナーがいた。子どもがいた。その家庭に入り浸り、食事をごちそうになり、布団に潜り込み、愛情をすこし盗んだ。

小林さんが好きなのは、その家庭に憧れていたからだろう。

また、小林さんは、ボランティア・リーダーがいつもそばにいた。夏も冬も、雨の日も風の日も一緒にキャンプに行った。子どもたちの姿とその向こうに、ふざけてにやけている小林さんがいつもいた。

小林さんが好きなのは、一緒に過ごした、リーダーとメンバーとの想い出があるかだ。

そんな小林さんが退職した。

これからどんな人生を送るのだろう。

どんな人と生きていくのだろう。

とても気になる。

だって、それが僕のこれからの人生の手本となるからね。

私に人生と言えるものがあるのなら、あなたの過ごしたあの夏の日々。

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