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2012年6月22日 (金曜日)

常識的家族面接

下坂幸三の「フロイト再読」を読んでいる。

彼は常識的家族面接を実践している。

この常識は、彼の常識であり、彼が長い間バランスを取りながら面接を続けることができた基礎となっている。

常識は外来の言葉だ。

コモンセンスは、日本では「中庸」として扱われ、「行き過ぎることもなく、足りなくもない」状態である。

この、中庸は状態としてはとても難しい。なにせ、中間であるから浮かんでいるようなものだ。

バランスボールの上に立ち上がるくらい難しい。まあるいボールの上に立ち上がれるのはサーカスの曲芸師なみのバランス力が必要となる。かなりの鍛錬が必要である。

その状態を常に維持するとなると、常識をもって生きることは息が切れる。

タモリは、「僕はこれまで一度も頑張ったことがない」という。その頑張らないところが長続きする秘訣であるかのように。

下坂氏の常識の戻る。

氏は、長年にわたり面接を続けてきたことが今の方法に行きついたという。

常識的に考えたのではなく、また、中庸を願って暮らしてきたのでもなく、長年生きてきたことで「常識的」な方法でいいんだと考えるようになったのだろうと思う。

長年面接をしてきていろいろなものが見えてきた。

ただ、長年面接をすることと同時に、その面接が丁寧であることから新しい発見がある。

丁寧ということは、慎重にボールに乗ることだろうか。

まずは、ボールの性質を知ることから始めたい。

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