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2012年6月17日 (日曜日)

タケオ

ドラマータケオさんの物語を見て、その演奏を聴く。

タケオさんはダウン症候群という障害を持っている。障害を持っていることと音楽は関係があるかと言えば、この映画を見る限り、大きく関係しているように感じる。

タケオさんの性格もあるだろうが、タケオさんにしかできないコミュニケーションの取り方があり、そればアフリカンドラムには大切なタレントである。

タケオはダカールに行き、現地の人とのセッションをする。その時、その力を強く感じる。

彼以外の日本人は自分の中のバランスを大切にするため、それぞれの個性が身体とココロで一体とならない。しかし、タケオさんのセッションは、現地の空気感と一体となって溶け込み、彼らとの相互作用が起こっている。

これは、アフリカの人が音楽に込めた苦しみや楽しみが深いためだと感じる。その深いところで彼らは共振する。

それは、残念ながらタケオと日本人とのセッションでは感じられなかった。

この辺のリズムの高まりが面白く厳しいところなんだろう。

自分のリズムを探しなさい、と長老の**はいう。

その自分らしいリズムが響いてきたとき、それが私のリズムと共振したときに、変化が起きる。自分らしいリズムを感じるには私を揺さぶる個性のぶつかりが必要なんだろう。

また、タケオさんの抱える障害はコミュニケーションが苦手だと言われる。

コミュニケーションが何か具体的なものを伝えると考えた場合にはそうかもしれない。

しかし、コミュニケーションの80%以上は非言語的だと言われる。

そう考えるなら、タケオさんのコミュニケーションは、私たちの数倍も卓越している。

技術的にも高いものがある。

かれは、物事の本質を伝えることにかけては凄い技術をもっている。それは、普段私たちが、どうでもいいことばかり伝えようとしているかということでもある。

言葉は発した瞬間から意味を持つと同様、タケオさんの存在はそこにいることで明確な意味をもつ。

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