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2012年5月19日 (土曜日)

2時間35分

2時間35分ぐらい話し込んだ。

今までもそれくらいは話をしていただろうけど、今日は、とことん分かるまで聞き伝えるようにした。

聞いてばかりでは、どんどんこんがらがる場合もあるので、積極的に介入し、その脇でまとめた。

そんな会話の応酬をしていたら、だんだん見えるようになってきた。

話が理解できるというのは、説明する人の話がまとまっている、プロセスがはっきりしている、理屈に合っているなどなど、いろいろな要素がある。

いままで、そればかりに捕われ,もっと大事な、相手の気持ちを理解してこなかった。

もちろん理解している「つもり」ではいたが。

それは、話の内容や筋ばかりに気を配っていた。

それでは、なにも理解できない。

分かることと、理解することは違う。

理解するにも、私が理解することの大切さと同時に、相手が自分の話を理解することも同時に重要だ。

話をするのは、相手に伝えるだけでなく、自分に伝えている。その自らに働きかけることに気づかなかった。

いろいろなことを話しているように見えて、言いたい気持ちは一つだった。それを、いろいろなことと捉えるか、一つと理解するかで見えてくる世界は全く違う。

まったく違う世界を見ていたということだ。

それでは、時間が過ぎても吸っている空気が違う。

ハワイの浜辺で寝転んでいるのと、アルプスでスキーをやっているほどの違いだ。

アルプスの山から下りて、船に乗るまで2年かかった。

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