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2012年1月 8日 (日曜日)

枠組みは変わるのか

「リフレーミング」を読んでいる。

物事の枠組みを変えることで新しい状況をつくり、心理的変換をもたらす理論である。

しかし、なんにでも使えるわけではなく、新しい見方がそれまでのものより「意味が分かりやすく妥当な場合」であり、一定のフレームに会っている場合だと言われる。

今の状況に満足できない場合が多い。

理不尽なことも多い。

そした状況を変えずに心理的な変換を行っても意味があるのだろうか。

私たちの世界は目の前にあるだけでなく、目をつぶっている時にも、昔の思い出の中にも、頭の中にもある。

それがあると思えるとき、そこに意味ができる。

それは全体の部分(パート)である。

部分がどんな状態や状況でも、それは一部であるという意識が重要である。

仕事がないのも一部であり、友達がいないのも自分の一部であり、障害があるのも私の一部である。

その一部にどのような意味を持たせるか。

その創造性こそリフレーミングなんじゃないかと思う。

I have read the "reframing" of the book.

The book is creating a new situation by changing the scheme of things, have written a theory leads to psychological transformation.

However, the theory is not used but rather difficulties, a new perspective than the previous "intuitive sense if appropriate," which takes effect is effective if given in the frame.

Often not satisfied with the current situation.

Often unreasonable.

Will that mean even after changing the psychological transformation that its situation.

Our world is not only in front of me, even while turning a blind eye, even in the old memories, some in your head.

When it seems there could sense it.

It is part of the whole.

Under no circumstances is any part of the state and it is important that it is part of consciousness.

Is also part of the job is not, not even a part of his friends, a part of me is also faulty.

What I mean to have part of it.

Reframing what I think that creativity.

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