« 立場が環境をつくる | トップページ | 一人じゃない »

2012年1月27日 (金曜日)

ノー・コンタクト

DV2 Domestic Violence 2

2h40/2002/カラー/スタンダード/16mm

家庭内暴力が裁かれる法廷の現場を活写する、めくるめく裁判絵巻。別室に引き離され、テレビ画面を通じて争う加害者と被害者を、ベルトコンベアのように次々と裁いていく判事の胆力。男女の間の様々な事情と、アメリカ司法制度の現実が重層的に描かれていく。
【撮影地:フロリダ州タンパ、ヒルボロー郡裁判所 1998年春】

DVに対して州法は、コンタクトしているかどうか。また、その際にそれを認めているかどうかを問題にする。

つまり、それ以外の「情」や「状況」については考慮に入れない。

家庭内暴力、あるいは、恋人間の暴力は、そもそも情緒的な問題である。

それだけに、情著的な話を聞きだすと時間がかかり、争点が絞れない。そこのところは合理的な国である、オレンジの服を着た被告に対して同時に法的な指導を行い、保釈金を言い渡す。

それでも、当事者が口を開くと、「それは僕が(私が)こういうつもりで」と説明を始める。

その瞬間、判事は「それは事件には関係がない」と切り捨てる。

DVは暴力事件である。どのようにコンタクトしたかを問題にし、暴力が介在する関係にある当事者は接触させないこと以外には防げないと考える。

それだけ、DVの根が深い社会なのだろう。

話し合えばわかる世界ではない。

合意のないコンタクトが起きたのなら、それはDVである。

|

« 立場が環境をつくる | トップページ | 一人じゃない »

あいまいの知」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 立場が環境をつくる | トップページ | 一人じゃない »