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2011年12月18日 (日曜日)

グリーフ

ケアマネジャーのためのグリーフケア研修に参加した。

ケアマネジャーがクライエントと出会ったときは、すでにグリーフの渦中にある。

しかし、そんなこととは知らず、クライエントはいつまでも生きているように接している。

いま、ターミナルケア、緩和ケア、グリーフケアという言葉が聞かれ、それぞれのアプローチがあるように語られている。

そうだろうか?

人間は、生まれた瞬間から死に向かっていきるというグリーフを抱えている。

それが、高齢になり、病気になり、障害を抱えたとき、あるいは、死期が近づいたときがターミナルなのだと思われている。

私たちは生まれた瞬間の喜びと、生きていくことの苦しみを忘れて生きている。

それは、生きることがとても苦しくて、永遠に生きているように振る舞うことでしか生きられないと考える脳の作用かもしれない。

上手に死ぬ方法はない。

あるとすれば、今をどのように生きているかを自覚しながら、その時まで、生き続けることだろう。

とにかく、今日一日を、何とか過ごすことができれば、明日も、なんとか過ごすことができるかもしれない。

I attended a Grief Care workshop for care manager.

When I met with a client she is already in the midst of grief period.

But she did not know such a thing and, I believe the client is alive forever.

Now, terminal care, palliative care, grief care is the word heard, so have been told that each approach.

I do not think so?

Man, are having grief from the moment of birth to live toward death.

We become older, become sick, when challenged, or are in a terminal seems to be dying when you approached.

We are born with the pleasure of the moment, live forget the suffering of living it.

It is very painful to live with, and may consider the action of the brain can not live only by that act like living forever.

There is no good way to die.

And if there, while conscious of how I live now, until that time would be to stay alive.

Anyway, today's your day, if you could somehow spend, tomorrow might somehow be able to spend.

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