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2011年11月13日 (日曜日)

再会

コメントへのコメントをここに書きます。

まあ、殆どコメントする人もいないからいいでしょう。

今、架空の家族史を作っています。

それは、研修の資料として一人の人の歴史からどのようなアセスメントをするかという問題を作るために。

架空の人の人生を考えるだけでも、かなりの資料に当たらないと生き生きとしたものはできあがりません。

また、今日、50年ぶりの家族の再会に立ち合いました。

50年という長さは、一世代半ぐらいの時間が流れています。

つまり、30年程で子どもができ、もう30年程で孫ができるとすると計算した場合です。

その50数年ぶりの再開は、双方の人生のほとんどを知らないことになります。

それを埋めるためのに、色々な物語が必要となり、生き生きとした物語を感じると相互に関係性が生まれうると感じます。

だから、どんなに小さなことでも、何かのヒントになる可能性はあります。

母親の兄弟は南洋で戦死しました。

すると、南の島に対する私の気持ちは、それを知る前と後では変化するものです。

物語は続いています。

Write your comments here.

Well, no one will do the most to comment.

Now, we create a fictitious family history.

It is a question of how to make that assessment from the history of what one person as training materials.

Even just thinking about a fictional person's life, and quite a hit in the article, is a lively story Dekiagarimasen.

Also, today, attended by 50 years to reunite the family.

A length of 50 years is about half a generation time of flow.

That allows the child about 30 years is when you can be computed in about 30 years grandchildren.

Resumed for the first time that 50 years, you both know most of my life.

To fill it but will require a variety of stories, I feel could be correlated with birth could tale a lively feel.

So, even though it no matter how small, could be a hint of something there.

Mother's brother was killed in the Southern Ocean.

Then, my feelings for the South Island, before and after the change is to know it.

The story continues.

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