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2011年5月31日 (火曜日)

馬鹿一

武者小路実篤に「馬鹿一」という作品がある。

馬鹿一と呼ばれる青年は、楽しそうに何の役にも立たない石を拾ってくる。

その石に向かって、「僕の所に来てくれてありがとう」と話しかける。

その笑顔があまりにうれしそうなので、馬鹿にしようと思っていた者が、自分の方が不幸せなような気がして、帰ってしまうという物語だ。(たぶん)

物事の道理や幸せは、一様ではない。

そんなことをすると損をすると思われることや、そんなことでは幸せになれないということだって、ホントのところは分からない。

今日ラジオで香山リカさんが、物が沢山あって幸せになれる社会は終わったのかもしれないと言っていた(ような気がする)。

震災後の社会は、キラキラした社会ではない。

物を少しずつ削いでいき、細いろうそくのようになってしまった。しかし、そのろうそくに火をつけるとなんだかあったかいような気分を味わうことができる。

そんな時代に入ったのかもしれない。

原子力をどうするかという問題も重要であるが、どんな生活をするかが問われている。

物を消費することで経済が成長し、人々の生活が豊かになるとしたら。

物を消費せず、経済が停滞する中での幸せは何かを考える時代に入ったのかもしれない。

考えてみれば、地球は人間でいっぱいになり、生産することだけでは解決しないことは山ほどある。

そうした時代にあって、日本には考えを変えるチャンスが来たように思う。

被災地に贈られた衣類は倉庫に山のように積み上げられている。

つまり、日本には着られなかった洋服が山のように生産されていたということだろう。

僕も足は2つなのに、靴をいくつも持っている。

馬鹿一は言うだろう。

「裸足になって歩くと地球と一体になれて気持ちいいよ」と。

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