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2011年4月17日 (日曜日)

みんな違ってそれでいい

精神科医の北山が、「なんでも話せる場によって人はほっとできる」というようなことを言っていた。

精神科医は患者に向かって「なんでも話してください」と言う。

なんでもとは、なんでもである。

そこにはブレーキはない。

それを聞いていた永六輔が、「僕は地震が好きです」と言った。

「地震は地球と一体感を感じられる体験だ」とも。

地震により甚大な被害を受けている現在、この発言は不適切であろうか。

しかし、精神科医と患者の会話としては適切な発言であり、それにより、永六輔の気持ちは少しは楽になった。

また、それを聞いている人の気持ちもホッとした。

被災しなかった人たちは今、罪の意識を感じている。

その罪は、日本人として、同胞の痛みを「ホントウ」には感じられないという情動から起きている。

だから、少しでも自粛することで自分も痛みを感じているように生活する。

しかし、そうした緊張は、とても疲れる。

がんばることが必要なのは、被災者ではなく、被災しなかった人たちかも。

それに、水、空気、安全といった問題や、家族、地域、友達をいったつながりを、さらに、エネルギー問題を考えるようになった。

当たり前のような生活が、砂の上に乗っていて、すぐにグラつくことも分かった。

朝起きて、太陽の光を浴びることができるのも、当たり前と思っているとそうでもないかもしれない。

妻がいつも食事を作ってくれるのも当たり前と思っていると・・・

考えると怖くなる。

みんなが同じ方向に進み始めたとき、それは疑った方がいい。

原発は絶対安全だと皆が同じ方向を向いた時の失敗は繰り返したくはない。

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