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2011年4月24日 (日曜日)

法隆寺になる

今回の震災を岡本太郎はどういうだろうと考えていたら、今日の新聞にその答えが載っていた。

1949年に法隆寺金堂の壁画が焼失した、その数年後太郎は「今さら焼けてしまったことを嘆いたり、それをみんなが嘆かないことをまた嘆いたりするよりも、もっと緊急で、本質的な問題があるはずです。自分が法隆寺になればよいのです」

太郎のいう「それになる」とはどういうことだろう。

それは、震災前にも震災後もそこにあるはずです。

私たちが意識するかどうか。

想像できるかどうか、そのことが問題です。

東北になることは、がんばってもできません。

あらゆるものと戦ってきた太郎が、それになるという新しい戦いを始めたとも取れる言葉です。

それになってしまったとき、それは他者ではなく、もう私自身であるはずです。

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