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2011年3月 6日 (日曜日)

幼児決断

僕は、幼児期の記憶を想いだせない。

想いだせないことは、かなりしんどいことだ。

それは確実にあったことのなのに、なかったように抑圧していると考えていた。

母親は、大したことはなかったという。

確かに大したことはなかっただろう。でも、その大したことは、小さなディテールから構成される。その片のつながりが記憶となる。

その片が見つからない。

問題を起こして注目されるゲームをしながら生きてきた僕にとって、自分の幼児決断を知りたい。

そして、幼児決断を知ることがなければ再決断もできないを信じてきた。

それをひっくり返すような出来事が昨日あった。

白井先生は、思い出したくないことは、思いださないでそのままにしていいと言った。

たしかに、そう聞こえた。

想いださないということが幼児決断であったのだ。

インナーチャイルドの僕は、草原のベッドに隠れ、顔を少し出すが、決して話をすることがない。増野先生のようにただ笑っているだけだ。

話をしないことにもちゃんと意味がある。

想いだせなくとも、その時間の流れの延長として今、ここで、生きていることを大切にすることを求められていると感じた。

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