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2011年3月30日 (水曜日)

見ることと動くこと

明治29年に三陸地方に大津波が襲い、その津波により沢山の犠牲者が出ました。

松島正義によると、津波のあと「そのようななかで子どもが26人、浜辺に重なり合って生き残っていたのです。津波で家も親兄弟も全て失い、たった一人行き残った子どもたちが寄り合っているんですね。行政は、打ち上げられた死体の始末に追われていました。この光景を見た北川波津先生が『あの子どもは?』と聞くと、行政の担当者は『生きている者については手をつけません』といったそうです」。

北川は、26人の子どもたちを引き取り東京に連れもどり、東京孤児院を始めた。

北川を動かしたのは何だろう。

それは、多分、子どもの姿を「見た」ことだと思う。

北川は、テレビで悲惨な状況を見たのではない。ラジオで、子どもの鳴き声を聞いたのでもない。

自分の目の前にいる子どもたちの姿や声を聞いたのであろう。

さて、私たちは、それを見ているのであろうか。

北川の時代から100年以上たち、逐一悲惨な状況が伝えられる。

しかし、その本質を見ることはなく、日常が過ぎていく。

そこに、苦しさを感じる人が多いのだろう。

突然、泣きたくなるような気分に襲われる。涙が知らずに溢れている。それは、悲しいからでも苦しいからでもない。

自分の無力さからくるものだろうし、人間の弱さからくる。

この状況の中で無理に明るくしたり、笑いで救われることではなく、悲しむ時間として味あうことが大切だと感じる。

深い悲しみには言葉を失う。

言い知れぬ思いが含まれているから。

そんな時には静かに時間を過ごすしかないこともある。

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コメント

岩手でも内陸と海岸地域では大きく被害状況が違うのでしょう。福島と宮城でも原発の近くとそうでない地域では状況が違うようです。この災害は、私たちに何を伝えようとしているのか、何かがそこにあると信じることができなければ前に進めないような日本の現状です。そちらでは、見えますか?こちらは、電気がついていても暗い気持ちです。

投稿: メヒコ | 2011年3月30日 (水曜日) 23:35

泣きたい気持ちになりながらも、日常がすぎていく・・・まさに、そのとおり。まだまだ地震の前と同じではないけれど、少しずつ普通の暮らしができていることが辛い。海沿いの友達と連絡がつかないというのに、暖かい部屋であたたかいご飯を食べていると罪深い事をしているように感じる。元気出して!とか頑張れ!と言われると背中が重くなってくる。無理にニコニコしなくていいんだ。なんだか救われたような気がする。

投稿: midori | 2011年3月30日 (水曜日) 00:46

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