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2011年3月 6日 (日曜日)

ヒアアフター

来世の必要性は高い。

今と繋がる次があることは、今の意味を確認することである。

それは、亡くなった人のためでも、生きている人のためでもない、宇宙の存在意味だと感じる。

それは、それの始まりからのつながりであり、終わることはない。

クリント・イーストウッドは「グラントリノ」で死んだ。

しかし、今も生きている。

死んでいることと、生きていることの繋ぎには、想像する力が必要である。

今回の論文を作成する際に、インタビュー調査を行いその中で、成年後見ソーシャルワーカーは、クライエントの死を今との繋がりあることとして解釈し、その解釈により、今繋がっているクライエントの生と、自らの存在の意味を確実につかんでいることが明らかになった。

そのことは、普段の生活の中でも感じることである。

僕にとって、父親との関係は生きている時より、死んでしまって時から方が、密度の濃い交流をしている。

毎日話をするようになったり、一緒にお酒を飲むようになったのは、死んでからである。

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