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2011年1月 6日 (木曜日)

迷うくらいなら辞めれば を考える

論文で忙しい。

のに、「悩むくらいならやめれば」を考えている。

それは、友達が悩んでいるからだ。

それに、年賀状を出さなかったし。

いま、ブログを書こうかどうしようか悩んでいた。

ということは、書きたいと言うことなんだよね。

「悩みは、悩みたい人の楽しみである」というようなことをいって、昔、白い目で見られたことがある。

でも、悩むことが出来るのは、意思能力を持っている証拠です。

(いま、意思能力について考えていた)

うちの少年は、しょっちゅう悩んでいる。それも、一人で悩まないで、悩みを家族と共有しようと煩い。

どれほど悩んでいるかを自慢している。

(こんなことを言うと蹴られるから黙っているが)

悩みは、帰宅したときのドアの閉め方で分かる。風呂に入っている長さで分かる、おかずを食べる順番でもわかる。

つまり、すぐにわかってしまう。

「生きると言うことは悩みである」と、白井先生が、今日の説教で言っていた。

(たぶんそんなことを)

ということで、悩んでいないで、ご飯を沢山たべて、もっと太るといい。

そうすると、痩せたいという大きな悩みに支配されるよ。

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