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2010年8月10日 (火曜日)

8月12日

日航ジャンボ機が御巣鷹の尾根に墜落して25年目を迎える。

その日の前日から夫婦で八ヶ岳に登っていた。

夕日をみながら涼んでいた。秩父の山々はきれいな夕焼けだった。

翌日、山を下りながら、飛行機が落ちたことを知る。そして、次第に事故の詳細が分かってきた。

日航ジャンボには、妻の親戚が搭乗していたことを後から知ることになる。

本人確認には、妻の父親が出かけていった。

兄妹は精神的な動揺が大きく確認することができなかったという。その惨状を後から聞くが、話すこともできないような状況であり、多くを語ることなく父は亡くなった。

その後、残された家族は、事故の後遺症を抱えならがら生きてきた。

その時小学生だった子どもたちは、今では、立派な成人になっている。しかし、今日までの苦労を想像することは難しい。

今日の夕刊には、坂本九さんの母子が、ユニットを組んで、九さんが最後に作ったうたを歌い継いでいることが載っていた。

「たとえ あしたが 少しずつ 見えてきても それは 生きてきた 足あとが あるからさ」と歌っている。

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