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2010年7月22日 (木曜日)

一人でいる能力

一人でいることのできる能力は、幼児の時、母親のいる所で一人でいる体験から生まれると、ウィニコットはいう。

この逆説は、なんとなく真実の匂いがする。

一人でいる能力を養うためには、一人では完成しない。そして、かなり小さな時代に、意識できるかできない時代に、母親の保護の中で、誰かがいるという環境で、十分に一人でいることを味わった人にだけ与えられる力だという。

だからか、母親の後を追い続けるAさんはすでに大人になっているので、いくら母親の保護を受けていても、一人になることができない。

母親にとっても、子どもを一人にすることに恐怖と感じる。

それは、自分自身が一人でいられないからだろう。

また、一人でいることは、リラックスができ、のびのびと自分でいることを味わう時間でもある。

それは、一人でいてもいいという可能性を持つ。

ここにも逆説的な匂いがあり、一人でいることが、誰かと繋がっているという状況を意味している。

一人でいるのに、その周りに、大きな空間には、そして時間も超えて、誰かがじっと見守っているいてくれていると感じることができる。

だから、安心して一人でのびのびと遊ぶことができる。

それは、誰かの存在を感じることであり。

誰かがそこにいると信じられることなのだろうか。

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コメント

こぐま社から出ている小さな本「子どもが孤独でいる時間」(「こどもがひとりでいるとき」と読む)にも、同じようなことが書いてあったのを思い出しました。きわめて宗教的な本ですが、おとなにもこどもにもひとりでいる時が必要であり、人間にはひとりでいるときにしか起こらないある種の成長があると書かれています。
そういえば、むかし読んだ育児書に『子どもがひとりで夢中になって何かをしているときは声をかけてはいけない』とありました。
仕事で毎日接している人たちが、私には見えないだれかとおしゃべりしたりケンカしたりしているときも、そっと見守る事が大事なのかなと、思います。

投稿: midori | 2010年7月24日 (土曜日) 09:24

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