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2010年5月 5日 (水曜日)

友達

天吾は友達がいるのだろうか。

天吾は、社会との繋がりを積極的に求めているようには見えない。では何を求めているのか。

何も求めているようにも見えない。

ただ、青豆に会うことが必要であり、それを求め、そうしている。

ぼくは、大学院に行き、論文を書いている。

そのことに意味はあるのか。あるともいえるし、ないとも。

社会に積極的にコミットメントしていない僕が援助関係を考える意味はどこにあるのか。

この小説(1Q84)は大量に売れている。しかし、ここに書かれている物語は、とても個人的である。個人的というより、個別的であり、普遍性が全くない世界だ。

ぼくたちがいま、経験している世界は、世界と繋がり、同時性が感じられると信じられている。ツイッターでつぶやけば、世界中の人と何かを共有できるような幻想を抱いている。

そんな仮想社会が進むに従い、現実の社会では、まったく逆の個人的な誰とも共有できない関係が生まれている。

友達がいない天吾には、どうしてもやらなければならないことがある。そして、それをやることが人生を生きることであり、人生はハードボイルドなんだろう。

ぼくは、世界と繋がっているより、好きな子の笑顔を見ているほうが幸せを感じる。

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