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2010年5月 5日 (水曜日)

イタリア映画祭2010

「重なりあう時」カポトンディ監督作品

「まっさらな光のもとで」コメンチーニ監督作品

邦題だけではストリーはまったく想像できない。

まあ、人生の行く先は想像できないから楽しいともいえるが。女性の視線から見える現代イタリアの姿が映し出されている。

スロベニア移民の主人公が登場する。国と国には国境があり、民族は違っても、政治や経済の動きで人々も移動する。

その動きは何百年も続いているのに、国民性が違うというのも面白い。

つまり、多民族とは違っているというアイデンティティーにより国として成り立っているのだろうと思う。

沖縄は、日本なのだろうか。

沖縄から今回の基地も問題を考えると、基地のある日本として考えられているように見える。

福祉施設の問題も同じように見える。

誰もが死を迎えることは分かっているのに、それを想像できる施設は生活圏から遠いところに置かれている。

幼稚園や保育園は町中にあっても、老人オームは、閑静な自然の多い山間に存在している。

児童養護施設も、子どもの虐待を何とか解決することに異存がある人はいないだろう。しかし、その問題を施設の中に押し込めることで見えなくする。

見えないけれど、問題の本質は何にも変わっていない。

精神障害者を病院や施設から地域に出すことを法律にしたイタリアは、経済的にもうまくいっていない。

うまくいっていないけれど、本音で人生を楽しいでいる。

問題はいっぱいあるけど、それが人生だというのが、イタリア人のアイデンティティーなのだろうか。すると、日本人のアイデンティティーは?

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