« 見えない部分 | トップページ | ギャレス »

2010年2月 9日 (火曜日)

食堂かたつむり

幸せになるのはおいしい食事を食べたためか?

食事を食べる前に、すでに幸せになる準備はできていたと考えることもできる。

つまり、幸せに気づくために食事が必要になり、その場が用意されていたということ。

そのことを、レインは「いっぱいのお茶」の話で語っている。

それは、ただのお茶であったが、私に届けられたときに、幸せなお茶になった。

差し出された行為と受け取る行為が補完性を発揮したのであろう。

フランクルは、人生があなたに手を差しのべているという言葉で表現している。

食べることで何かが変わるというより、変わるべきものが自分の中に生まれていた。あるいは、その椅子に座る運命があったということもできる。

バレンタインデーも近い。

幸せになりたいという。なりたい人はなれないだろう。なりたい人は、いつもでも幸せの一歩手前にいる。

幸せになる人は、自分の幸せに気づく人だ。

食事をする前から幸せだったのだ。つまり、幸せはなるものではなく、感じるものだということ。

感じるには感じる力が必要になる。

それは、すでに目の前に、胃袋の中に存在している。存在していても見えない、感じられないのは、それが無いからではない。

お母さんはいつもいる。

だって産んでくれたのだから。

形がなくても、いることには変わりはない。

そしているだけではなく、絶えず、しつこく、見守ってくれている。

それを感じられたとき、何かが変わるのだろう。

どうです、カエル君。

もし分からないのなら、映画を見るか、または、池で空をみながら泳ぐことをすすめます。

|

« 見えない部分 | トップページ | ギャレス »

あそび」カテゴリの記事

コメント

朝一番の映画を見てきました。いっしょに行ってくれた幸子(こうこ)さんが「今日は誘ってくれてありがとう。幸せな一日だった。私ずっと孤独だったのよ」とココナッツミルクベースのスープカレーを食べながら喜んでくれたので、私はもっと幸せになりました。

投稿: カエル | 2010年2月12日 (金曜日) 00:17

よーくわかりました。今、すごく幸せです。そして、心からうれしいです。いつもありがとう。

投稿: カエル | 2010年2月 9日 (火曜日) 21:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 見えない部分 | トップページ | ギャレス »