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2010年1月17日 (日曜日)

福祉

今週もやること満載の中、F/ワイズマンのドキュメンタリーを見た。

テーマは「福祉」

所はアメリカ

時代は1975年だ。

サイゴンが陥落し、ベトナム戦争が終結に向う。アメリカが自信を失っていた時代だろうか。

その頃アメリカ国内の福祉は、公的制度は高齢者対策のメディケアと貧困対策のメディケイド。しかし、民間の保険に入っている人が多く、保険に入っていないと大変なことになる。

映画の中では、社会保険局と福祉局をたらいまわしにされる話しが出てくる。福祉局とは日本の生活保護的な局であり、面接により実態を把握し、法律の枠内で生活費、医療費、住宅費などを給付している。

これがまた、どこの国でも同じで、書類ばかりを求める。しかも、その書類を作成するための申請が必要だったり、手続が煩雑だ。

職員はマニャルに則り手続を行う。しかし、何日も食べていない、住む家がない、病気、障害と現実の問題の大きさから、手続に何日もかかり、それを待てない人が溢れる。

ソーシャルワーカーは、国家システムの一部として位置している。法律に則り業務を執行する。それは、アセスメントによる判断と、小切手という形に変わる。

資本主義と民主主義は共存するのか?という問題に、マイケルムーアが疑問を投げかけているが、福祉局のスタッフから追い立てられた男性も、「富める者はますます富み、持たざるものは全てを失う」と一人事のようにつぶやく。

福祉制度は、社会の補完的制度だといわれる。もしかしたら、富める者が存在するための安全弁なのだろうか。資本主義の限界か云われる今日の問題が、この時代にも存在する。というより、何も変わっていない。

もし、このシステムに疑問を持ったとき、ソーシャルワーカーはどの立場でその専門職としての理念を実現すべきなのか?

その問題について、スタッフが言い合う場面がある(と私には見えた)。

また、黒人警官に人種差別的発言を繰り返し挑発している白人(スパニッシュ系)男性は、その35年後、アメリカにアフリカ系の大統領が誕生すると知ったら腰を抜かすだろう。

それにしても、自己主張が凄い。

権利として金をくれとはっきりいう。

自らの立場を言わなくても相手が理解してくれると思っている国とは大違いだ。それでいて、最後は、「サンキュー」と別れる。

他民族国家の難しさとたくましさを感じた。

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